臓器提供で4人を救った故キム・チャンミン監督…暴行を受け脳出血で死亡していた事実が判明

昨年11月に脳出血で倒れた後、臓器提供で4人を救い亡くなった映画『九宜(クイ)駅3番出口』などを演出した故キム・チャンミン監督(40)が、暴行を受けて死亡していたことが後になって明らかになった。 31日、警察などによると、キム監督は昨年10月20日未明、息子と京畿道九里市(キョンギド・クリシ)のある飲食店を訪れた。息子が突然トンカツを食べたいと言ったため、24時間営業の店を訪れたという。キム監督は食事中、店内の別のテーブルに座っていた客と騒音などをめぐり口論となり、もみ合いの末、拳で殴られて床に倒れた。キム監督は約1時間後に近くの病院へ搬送されたが回復せず、その後、死亡した。 警察はキム監督に暴行を加えた男性Aを特定し、重傷害の疑いで逮捕状を申請したが、検察は補完を求めてこれを差し戻した。警察は遺族の要請と検察が求めた補完捜査を踏まえ、傷害致死の疑いでAら2人に対する逮捕状を改めて申請した。しかし議政府(ウィジョンブ)地裁南楊州(ナミャンジュ)支院は「住居が一定しており証拠隠滅の恐れがない」としてこれを棄却した。これを受け警察は先週、この事件を不拘束のまま検察に送致した。 遺族側は「暴行被害後の初動対応から被疑者の処罰に至るまで、すべての過程が不十分だ」とし、「被疑者が複数いるにもかかわらず当初は1人に対してのみ逮捕状を申請し、その後になって2人を特定して申請したが、それも棄却されるなど捜査がずさんで数カ月にわたり遅れている」と憤りを示している。続けて「事件発生から5カ月が過ぎたが、息子を死なせた加害者は自由に街を歩き回っている」と述べた。 これに対し警察は「当初は1人に対して逮捕状を申請し、その後の補完捜査を通じて2人に対して申請した。2回目の申請時には被害者が死亡していたため傷害致死の容疑を適用した」とし、「捜査は適法に行われた」と説明した。 1985年にソウルで生まれたキム監督は、トゥレ自然高校を卒業した。2013年に映画『サスペクト 哀しき容疑者』で小道具担当としてキャリアを始め、『大将キム・チャンス』『麻薬王』『The Witch 魔女』『雨とあなたの物語』『消防士 2001年、闘いの真実』などで美術チームとして活動した。その後、2016年に『誰かの娘』、2019年に『九宜駅3番出口』などを演出した。『誰かの娘』は性犯罪者を父に持つ娘が周囲の視線を避けて引っ越すという内容で、故人は2016年の警察人権映画祭でこの作品により監督賞を受賞した。 故人が通っていた教会のパク・ヨンギュ牧師は「(キム監督は)自分がつらくても誰かの役に立ちたいと願う温かい心を持った人だった」とし、「誰に対しても自分の100%を捧げた、正義感のある友人だった」と追悼した。

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