京都男児遺棄事件の発生直後から取材を続けてきた元徳島県警捜査1課警部の秋山博康氏は、当初から違和感を感じていたという。一部始終を振り返った。 「自作自演の可能性はある。本来の遺族であれば、捜査車両が家の前にずっと張り込みするのは絶対にない」。そう語っていた秋山氏とABEMA的ニュースショーは、安達結希さん(11)が行方不明になった当初から、第三者が関与した事件の可能性も視野に、慎重に独自取材を開始していた。捜査歴42年の元刑事から見て、不自然な点が多かったためだ。 最初に不自然さを感じたのは行方不明から2日後の3月25日、京都府警が情報提供を求めて、顔写真を提供したときのことだ。 失踪が分かった直後に父親が通報した内容について、記者に問われた警察は「差し控える」と答えていた。これに秋山氏は「通報内容を『差し控える』のは、私の経験上、異例だと感じる。もしかすると父親からの通報内容と、警察が把握する事実に、ズレがあった可能性も考えられる」と感じた。 秋山氏によれば、警察はあらゆる可能性を視野に捜索を行っていたことは言うまでもないが、なかでも事件の可能性、特に父親が何らかの事情を知っているとして、当初から慎重に捜査を行っていた可能性もあるとみる。 それを裏付けるかのように、市民からはこんな声を聞いた。「行方不明になった当日(3月23日)、市内中に警察車両や消防車両がこれまで見たこともない数で、何事が起きたのかと思った」(近隣住民)。 失踪翌日には、結希さんの自宅がある周辺の地域では、焼却炉を開けて調べる捜査員や、警察犬での捜索も目撃されている。いずれも行方不明が公になる3月25日以前のことだ。 父親が「朝、結希さんを送った」と話す小学校を、最初に取材した秋山氏は、その時点で不自然さを抱いていた。「このまま、まっすぐ校舎に向かうが、正門の防犯カメラには映っていない。捜査側からすると、ある程度、容疑者の目星がついていると思う」(4月1日の取材にて)。 警察は、結希さんが当日、朝食までは生存していたことを確認しているとする一方で、結希さんが実際に車に乗っていたかについて「差し控える」としている。 行方不明から7日目となる3月29日、結希さんの通学用リュックが見つかった。学校から約3キロ、自宅からは約9キロ離れた峠道。その場所は、発見前に消防団が何回かにわたって、くまなく捜索した場所だった。 秋山氏は「本人の意思だったら、なかなか1人でここにやってきて、リュックを捨てるなら学校の近くに捨てる。わざわざここまで来て捨てるという意味がない。自作自演の可能性がある。犯行には絶対車を使っている。歩いて連れてはいけない」と推理していた。 警察は逮捕後、安達優季容疑者(37)の車を押収。行方不明になった朝も、この車に乗っていた。 そしてリュックが見つかった2日後(3月31日)、市内の飲食店に、父親とみられる男性が「チラシを貼ってほしい」と訪ねてきたという。店員はその時を「対応したが『え?え?え?』という感じの人だった、雰囲気が。(はっきりとは)しゃべらない。聞き取りにくかった。(『後から父親だと知ったのか』と聞かれ)そうだ。『え?』と思った。普通ああいう状態でいられないのでは。まったく普通」(4月11日取材)と振り返った。 4月10日には、小学校から約6キロ離れた山林を、スコップを手にした捜査員が重点的に捜索していた。11日に現場を訪れた秋山氏は「考えられるのは、ここで何かを遺棄した可能性」と話していた。 また、元京都府警科学捜査研究所の矢山和宏氏は「(スマホの位置情報を調べるのは)もうやっている。カーナビ捜査とGPSの位置。カーナビはすぐできると思う、任意で。ただ位置情報や携帯履歴は、捜査関係事項照会をとって、照会結果を得るのに2〜3週間かかるので、それ待ちもある」と語っていた。2人の元捜査員の見方は、のちに捜査関係者への取材で、おおむね正しかったことが判明した。 スマホの位置情報は、申請から約2〜3週間かかるとしており、仮に3月23日に申請していたとすれば、その情報を頼りに具体的な捜索が行われていた可能性も考えられるという。 取材翌日(4月12日)、秋山氏は捜索現場から生中継を行った。「鑑識課員が入ったということは、事件の可能性が高い。何か証拠品や重要な品物を探している現場だろう」。 その5時間後のことだった。中継場所付近の山林で、結希さんが履いていたものと似た靴が2足、発見された。「あまりにも遺留品が離れすぎているのは不自然。誰かが置きにきた可能性はある」(秋山氏)。 その場所は、結希さんの自宅からは約3.5キロ、小学校からは約6キロ離れた山林だった。秋山氏は「発見の経緯を知りたい。探したのは、あの規制線から、このあたりで捜したのだろう。なぜここに規制線を張るだけの根拠があったのかを知りたい」と言っていた。 発見された靴について警察は、結希さんが失踪当時に履いていた靴かどうかの特定には、まだ至っていないと説明している。また、靴が第三者によるのかなど、詳しい経緯についても捜査中としている。 4月13日、警察は山林で子どもとみられる遺体を発見した。靴が見つかった場所からは約4キロ離れた山林だった。発見の翌日(4月14日)、遺体の発見現場に向かった。現場一帯には田畑が広がっており、周辺には民家が数軒立ち並んでいた。この時点ではまだ遺体の身元は特定されてはいなかった。 秋山氏が「あの辺りで車が止まることはあるか」と聞くと、近隣住民は「ない。止まる用がない。田植えの時期は別。向こうは田んぼだから。でも普通は、あそこに止まる用事はない。(人通りも)ないと思う」と答えていた。 現地で秋山氏は「鑑識車も1台来ている。捜査員と鑑識車、それと機動隊員が現場に入っている。こちら側に家があっても、こちら側には家もないし人通りもない。あそこまで連れていくのなら、車が入れない。車をそこに止めざるを得ない。遺体を抱えて、歩いてあの道を行ったのだと思う。朝の8時前だったら、たぶん人通りがないので、抱えても連れて行ける」と予測していた。 捜査員の押収品を見た秋山氏は「鑑識官と捜査員が現場から来て、“敷材”。犯人の足跡をとるのに、静電気でとる。足跡があるかどうか、ご遺体があった周辺に静電気で、犯人か第三者の足跡があるかをとっている」と説明する。 4月14日16時20分ごろ、司法解剖を終え、遺体を乗せた車両が、南丹署に戻ってきた。「たぶん昼間、搬送車で棺に入れた遺体を持って帰った。棺の中にご遺体を入れて、ここに持って帰った。ご遺体が特定できたら、ご遺族、ご両親が遺体確認を絶対にする。ここで待っていたら、来る可能性が高い」(秋山氏)。 その後、遺体は結希さん本人と特定したと発表があった。しかし南丹署に両親が訪れることはなかった。 そこで、両親のいる自宅付近に向かうことにした。ディレクターが「刑事が来ている」と言うと、秋山氏も「捜査(車両)だ。私服(警官)。2人乗っていたのが刑事だ」と反応する。 ただならぬ気配を感じる中、秋山氏は「覆面の捜査車両があって、2名私服の捜査員がいた。制服の警察官ではないので、秘匿で張り込む捜査員。家の近くで張り込むのは、令状請求の準備の可能性がある」と説明していた。 緊迫した気配は自宅周辺に到着すると、さらに高まっていた。「マスコミが構えているな」。自宅には捜査員が入っているものとみられ、秋山氏によれば、遺体が本人であることを伝えている可能性があるとした。「たぶん血液・DNAで、本人であることを(遺族に)言いに行った」。 しかし秋山氏から見ると、異様な光景に映った。2台の捜査車両が、自宅へ続く道をふさぐように停車しており、外部からの侵入はもちろん、家から外に容易に出られない状態で停められていたからだ。 「普通であれば、警察署の霊安室にご遺体があれば、南丹署に遺体があるから、署に来てもらい、確認するのが普通だ。本来の遺族であれば、捜査車両が家の前にずっと張り込みするのは絶対にありえない。普通は1人張り込みだが、これだけ大がかりにマスコミがいるから、どっちみちバレているから、だから堂々と張り込みをしている」 「捜査員は帰るが、機動隊の車が交代で来る可能性はある」と秋山氏が言っていたように、日が暮れて家の中から捜査員が出てきた後は、今度は機動隊の車両が、また同じような体制でその場に居続けた。 翌朝(4月15日)7時30分ごろ、再び自宅周辺を訪れると厳戒態勢となっていた。「被害者の遺族のところに、規制線を張ることはまずない」(秋山氏)。 そして7時35分、自宅から捜査関係者の車両が出てきた。中に誰が乗っているのかは現場でうかがい知れなかったが、実際には父親が任意同行され、同時に家宅捜索が行われた。 走り去る車両を見て、秋山氏は「すでにガサが済んでいるかも。逮捕状を執行する時は、家で執行する場合もある。とりあえず執行せずに、任意同行で署に連行し、取り調べをして署で執行する場合もある。取り調べを経て、自白があり、逮捕状を請求した場合、もうちょっと時間がかかる」と話していた。 父親は亀岡署に入り、任意で事情を聞かれた。雨の中、報道陣も詰めかけていた。京都府警は、安達優季容疑者(37)を死体遺棄の疑いで逮捕した。日をまたいだ、4月16日未明のことだった。その後、南丹署に身柄を移されたとみられる。 (『ABEMA的ニュースショー』より)