福岡県糸島市に住む大庭茂彌さん(78)の次女・三弥子さん(当時21)は1999年12月26日の未明、中央線をはみ出した飲酒運転の車により命を奪われた。 鳥取市から岡山県倉敷市にクリスマスイルミネーションを見に行った帰りだった。 葬儀が終わって年が明け、大庭さんは鳥取県の智頭警察署に調書作成のため出向いた。 「今の法律の中では最高でも5年しかない。だけど今、裁判で5年の求刑があったことないです」 警察官の言葉に大庭さんは愕然とした。 実際、三弥子さんたち3人の大学生の命を奪った男の裁判では、懲役4年の求刑に対し懲役3年の判決が言い渡された。 この法律の壁が大庭さんのその後を方向づけることとなった。 ※祐誠高校(福岡・久留米市)で開催された大庭茂彌さんの講演は前・中・後編で掲載しています。(この原稿は後編) 【前編から読む】 ■「3人亡くなっとうけど、今の法律の中では最高でも5年しかない」警察官の言葉 大庭茂彌さん 「智頭署から鳥取のホテルまで車で乗らせてもらったんです。それでそのときに言われたことに『大庭さん、今回ね、3人亡くなっとうけど、今の法律の中では一番最高でも5年しかない。だけど5年の求刑があったことないです』って。なんでそんなことがあるとかいなと。やっぱそこで憤りを感じるわけですよ」 飲酒運転で中央車線をはみ出し、三弥子さんたちが乗る軽乗用車に衝突した男に対する求刑は懲役4年、言い渡された判決は懲役3年だった。 大庭茂彌さん 「3人も殺しといて、なんで3年ぐらいで、ね、罪の償いできるとか言うなと思ったんです。でもね、やっぱ今までそういう、判例がなかったっていうことで、またこれを控訴しても、結局は同じことになるかもしれんから、もう一応、もうそのままで受け止めて3年の、おー、実刑にしてもらったけど、でもね、もうちょっと早かったんですよ。あのー、仮出所っていうのが。そこの中で行いが良かったりなんかしたら刑務所の所長が仮出所を申請するんです。で、実際には2年8か月ぐらいで出たんじゃないかなと思います」