アジアの捜査機関からそんな情報がもたらされたのは、いまから15年ほど前だったでしょうか。さっそく東京税関と情報共有したところ、メキシコから香港経由でそれらしきものが入ってくることがわかりました。最終的に送り主はメキシコの麻薬カルテルだと判明したのですが、ワンクッション入れることでカモフラージュしようとしていたわけです。 米が主食でかつ工業国の日本がメキシコから脱穀機を輸入するのは極めて不自然。東京税関に行って現物を確認すると、巨大な金属製のローラーがついた「脱穀機と称する何か」でしかありませんでした。作りが雑で隙間だらけ。とても脱穀できそうにありません。コンテナから出してX線にかけたら、ローラーの中に40近い覚醒剤が詰め込まれていることがわかりました。 元警視庁警部補の小比類巻文隆氏(52)は’93年に入庁。’23年に退官するまで、国際捜査官として30年のキャリアのほとんどを薬物対策、組織犯罪対策に費やしてきた。本記事ではあの手この手で偽装密輸を試みる犯罪組織との頭脳戦について聞いた。 以前もお話ししましたが、税関で薬物の密輸をキャッチした場合、CD(コントロールド・デリバリー)捜査をするのが一般的です。税関で押収せず、配送先で購入者ごと押さえるのが狙いです。 中身を塩などにすり替えて行うCCD(クリーン・コントロールド・デリバリー)ができればいいのですが、脱穀機のローラーが堅牢で中身を取り出せず、現物をそのまま泳がせるLCD(ライブ・コントロールド・デリバリー)をやらざるを得ませんでした。 通関業者は開業してまだ数ヵ月、中国人が2名で経営する怪しい会社でしたが、そのまま手続きをさせました。配送は日本の運送会社が担当。どちらにも一切、警察は接触していません。どこにカルテルの一派が潜んでいるかわからないからです。完全極秘で、脱穀機を積んだトラックの追跡が始まりました。バイク4台、車10台、上空からはヘリが追尾。インボイス(送り状)で配送先はわかっていましたが、輸送途中で配送先が変更される可能性はゼロではない。これが「ライブ(LCD)」の怖いところです。 脱穀機が運び込まれたのは、福島県内の建設会社社長の豪邸。運動会のときに来賓やPTAの人が使うようなテントを敷地内に張り、外から見えないよう周囲にシートを張り巡らせていました。 バブルのころは羽振りが良かったけど落ち目になった会社の社長さんなんでしょうね。広いお宅でしたが、手入れが行き届いておらず、朽ちつつあった。そういう弱みに犯罪組織は目をつけます。カネを握らせて、場所を提供させたり、薬物を預からせたりする。実際、その社長さんは地元のヤクザのテコ――構成員ではない、使いっ走りでした。 張り込みを始めて1週間後、動きがありました。中南米系の外国人が二人、豪邸にやって来たのです。社長が車を出して、その二人をホームセンターに連れて行きました。グラインダーやバールを買っているのを確認して、「いよいよ始まるな」と身構えたのですが、外国人二人がとにかく仕事をしない(笑)。午前中はテント内からガリガリ音がするのですが、午後になるともうビールを飲んでいる。 誰かが覚醒剤を受け取りに来るか、どこかに運び出すときに踏み込もうかとも考えましたが「ライブ」だったこともあり、「脱穀機から覚醒剤を取り出したらGO」としました。それより早いと「我々はエンジニアで機械を修理していただけだ」と言い逃れされ、それより遅いと覚醒剤が闇市場に流れてしまうからです。 張り込み開始から1ヵ月半後、ローラーが壊され、取り出された覚醒剤がテント内に積み上げられているのを確認してから踏み込みました。