2025年4月、広島県府中町の水分峡森林公園で起きた強盗殺人事件。強盗致死の罪で起訴され、6月22日に初公判を迎える当時18歳(現在19歳)の男が、今、広島拘置所に収容されている。警察司法担当の峯本貴博記者は、手紙のやり取りを経てこの男と直接面会し、計3回・計90分にわたって話を聞いた。被告は何を語り、どんな表情を見せたのか。峯本記者に、面会の詳細を聞いた。 — ■拘置所への手紙と、3回の面会 ――今回、拘置所に収容されている被告に直接会うことができたのですね。どのような経緯だったのでしょうか。 まず、事件に関わったとされる2人――当時18歳の男(現在19歳)と、当時16歳の少年――の両方に、拘置所宛てに手紙を送りました。16歳の少年からは返信がありませんでしたが、19歳の男からは返信が届きました。 その手紙が、なかなか丁寧な書き方でして。「僕でよければ、お話が可能な範囲でしゃべらせていただきます」と。さらに、「3日間はお話しできますが、もし満足いかなければその都度予定を決められます」とも書いてありました。 結果的に3回にわたって面会し、1回30分と定められているため、合計で90分間話を聞くことができました。 ――拘置所の中はどのような場所でしたか。 大きな門をくぐると受付があり、空港にあるような金属探知機でスマートフォンやパソコンなどの持ち物検査を受けます。その後、待合室で受付番号を持って15分ほど待つと、面会室に案内されます。 廊下の右側に4つの面会室が並んでいて、それぞれドアがついています。中に入るとカビ臭いような匂いがして、部屋の中央に外と内を隔てるガラスがあります。こちらが鍵を閉めると、向こう側から刑務官に連れられて本人が入ってくるという仕組みです。 部屋は全体で一畳ほど。ガラスで半分に仕切られているので、被告が座る側は半畳ほどのスペースです。本人の隣に刑務官が座り、会話の内容をずっとメモで記録していました。 — ■開口一番「俺は計画のことは知らんのです」 ――実際に会ったとき、最初の印象はいかがでしたか。 丸刈りの、比較的小柄な若い男性でした。入ってきた瞬間、ちょっとニタニタしているというか、笑いながら入ってきたので、思春期の少年のような印象を受けました。初対面で恥ずかしかったのだと思います。 最初はなかなか話してくれませんでしたが、まず「会ってくれてありがとうございます」と伝え、拘置所の中の様子を聞いてから、事件の話に入りました。 ――事件についてはどのようなことを話していましたか。 開口一番、「俺は計画のことはほんまに知らんのです。巻き込まれたんです」と言いました。 これは完全に本人の言い分であり、起訴状や警察取材で出てきた内容ではありません。また、これから裁判が控えていますので、本人に有利な話をしている可能性もある点はあらかじめお断りしておきます。 本人によれば、事件の2〜3週間前に、当時16歳だった少年から「被害者の男性をボコボコにしたい。手伝ってくれ」と電話があったそうです。最初は「知らんわい」と断ったものの、その後も何度か連絡があり、最終的に「手を出さない、代わりに3万円をくれ」という条件で応じることにしたと話していました。 ――しかし、当日は実際に暴行に加わっているわけですよね。 そこが核心部分です。 本人によれば、当日集合場所に行ってみると、ほかに誰もおらず少年と2人だけだった。「話が違う」と怒りながらも、後輩の頼みをどうしても断れないたちなので、バイクの後ろに少年を乗せて現場まで向かったと説明しています。 周辺への取材でも、「後輩にいい格好をしたい」「頼まれたら断らない性格だった」という話が出ていました。 — ■現場で何が起きたか――被告の説明 ――現場ではどのような経緯で暴行が行われたのでしょうか。 現場の水分峡森林公園のベンチには、被害者の男性と、少年があらかじめ結託していた当時18歳の女性が座っていました。その女性が被害者をおびき寄せていたとのことです。 本人の説明によれば、少年が「何しとんやこんなところで」と、まったく知らないふりをして被害者に因縁をつけた。口論からもみ合いになり、被害者が抵抗を見せると、少年が現場で拾った木の棒を持ち出したそうです。ところがその棒を被害者に奪われ、少年が殴られそうになった。それを見た19歳の男が「後輩を守らなきゃ」と、とっさに飛び蹴りをしたということです。 その後、被害者が棒を放したので、男は「また持たれてはいけない」と棒を遠くに投げた。しかしその棒を少年が再び拾い、被害者の頭を殴った。それ以降、被害者の意識が朦朧としてきたと話しています。 ――その後の行動は。 被害者が「助けて」と叫んだことでパニックになり、男は「財布を出せ、金だけ出してくれたら逃げる」と言ったそうです。しかし被害者はかばんを抱えたまま、眠るように意識を失った。男は身元が分からなくなるようにとかばんから財布を取り、バイクで少年を後ろに乗せて現場を離れたと説明しています。 「死んだな」と感じて逃げたとも話していました。 — ■逃走後、ナンパしてカラオケへ ――逮捕までの間、どのように過ごしていたのでしょうか。 ここが、若者らしいというか、なかなか理解しがたいエピソードなのですが、少年を家まで送り届けたあと、男は一人で広島市街の流川や新天地のあたりに行き、女性をナンパして、カラオケに行って朝まで遊んで帰ったそうです。 本人は「とにかく忘れたくて、怖くて、遊ぼうと思った」と話していました。 その後も特に逃げ回ることもなく、事件前から続けていたドッジボールのクラブチームの練習に普通に参加していました。出頭する当日も、翌日の練習試合についてグループラインで「頑張りましょう」とやり取りしていたそうです。 また、事件後に少年を自分が働く建設会社に招き入れ、逮捕まで一緒に働いていました。会社には従業員を紹介すると報奨金が出る制度があったためということですが、2人の間で事件の話は一度もしなかったと言っています。 ――出頭はどのような形で。 出頭するよう勧めてくれた関係者がいたそうで、その関係者と16歳の少年、そして本人の3人で広島東署に出頭したとのことです。本人は出頭当日まで「まさか自分が出頭するとは思っていなかった」と話していました。 — ■拘置所での日々、そして本との出会い ――現在、拘置所ではどのように過ごしているのでしょうか。 食事の時間と1日1回の運動の時間以外は、特に決まったスケジュールがないそうです。最初は何もすることがなくて途方に暮れていたと言っていました。 そこで手を伸ばしたのが小説でした。もともと漢字がほとんど読めなかったそうで、最初に開いた瞬間に「分からない」と一度置いたそうです。ただ、本当にやることがないので、家族から差し入れてもらった国語辞典を引きながら、しぶしぶ読み始めたと言っていました。 そこからどっぷりとはまったそうです。特にミステリーが好きで、東野圭吾の作品をよく読んでいると話していました。 ――本を読むことで、何か変化があったのでしょうか。 本人は「これまでの人生で、人としての規範を教えてくれる先輩や目上の人が一人もいなかった」と話していました。先輩から嫌われることが多く、正しいことや人としての道を教えてくれる存在がいなかったと。 それが本を読むことで初めて、さまざまな価値観や人生観に触れ、「自分が未熟だった」「間違ったことをしていた」と気づいたということです。 — ■「ご冥福をお祈りします」に感じた違和感 ――共犯とされる16歳の少年との関係は現在どうなっているのでしょうか。 拘置所内では接触が一切ないよう管理されているそうです。ただ、あるとき少年から手紙が届いたそうです。内容は「元気ですか。暇なので絵を描いています」というもので、アニメのキャラクターのイラストが同封されていたとのこと。 男はそれを読んで「ふざけんな、お前が巻き込んだんだろう」と怒りが湧き、「二度と手紙を送ってくるな、絶縁だ」と書いて返したそうです。それ以来、連絡はないと言っていました。 ――被害者や遺族への気持ちについてはどのように話していましたか。 被害者の方に申し訳ないという気持ちは何度も口にしていました。遺族には謝罪の手紙も書いたと言っています。 ただ、その手紙の文末に「ご冥福をお祈りします」と書いたとのこと。私自身、自分の行為で人を亡くなされた方に対してその言葉が出るのかと、少し不思議に感じました。被害者へのことを話すときや責任の話をするときはとても真剣な表情なのですが、一方で16歳の少年に対して「ほんとに死ねって思う」という言葉を発したりもする。人を死に至らしめたことをどの程度自分のこととして受け止めているのか、話を聞きながら疑問に思う瞬間が多々ありました。 — ■死刑か無期か有期刑か、裁判の焦点 ――強盗致死罪は法定刑が死刑か無期懲役の二択だと聞きました。本人はその重さを理解しているのでしょうか。 直接「死刑か無期の二択ですが、どう思いますか」と聞いてみたのですが、「無期はないでしょう」と言ってきました。弁護士から「しばらくは入るけどいつかは出られる」と説明されたということで、もしかすると条文上の規定を正確には把握していないかもしれません。 本人は、やったこと自体については一切争う気はないと言っています。どんな罰でも受け入れるという覚悟で日々を過ごしていると。 裁判の焦点になるのは、情状酌量がどこまで認められるか、そして本人が繰り返し言う「巻き込まれた」という主張を踏まえて事件への関与の程度がどう判断されるか、というところになるかと思います。最終的に無期懲役になるのか、有期刑に減刑されるのか、そこが注目点です。 ――今後について、本人はどう話していましたか。 「何十年も刑務所に入ることは覚悟している」と話していました。出所後のことは「あまりにも先のことすぎて考えられない」とも。 ただ、今はどんな罰でも受け入れる覚悟で毎日過ごしている、という言葉は印象に残っています。その言葉がどこまで本心を表しているのか、裁判の行方とともに、引き続き見ていく必要があると感じています。 — 今回の面会取材を通じて見えてきたのは、「巻き込まれた」という言葉と、現場まで自らバイクで向かい暴行に加わったという事実との間の、大きなずれです。19歳という年齢、本を読んで気づいた「未熟さ」、そして遺族への謝罪の手紙に添えた「ご冥福をお祈りします」という言葉――。これらが法廷でどのように評価されるのか、裁判の進展について、引き続き詳しくお伝えしていきます。