『戦後敗戦』著者・船橋洋一が語る、地経学で見抜く「経済の武器化vs.日本」

3月に発売された船橋洋一著『戦後敗戦』が売れている。大著だが、増刷が続き、6月までにすでに4刷。現在のホルムズ海峡問題のような「経済の武器化」に、過去、日本がどう向き合ってきたか、あるいは、日本が半導体やデジタル分野で打ち負かされてきた構造的原因は何だったのかなど、7つの「敗戦」とその打開策となる知恵を、当事者たちへのインタビューを重ねてきた船橋氏がスリリングなノンフィクションとして描いている。 船橋氏は1968年に朝日新聞に入社して以来、半世紀以上にわたって国際舞台で活躍するジャーナリストであり、独立系シンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ」理事長を経て、国際文化会館グローバル・カウンシル チェアマンを務める。アメリカのスコット・ベッセント財務長官は愛読書として船橋氏の著書『通貨烈烈』(1988年)を挙げ(日本経済新聞5月11日記事)、他にもピーター・ティールをはじめ、船橋氏に意見を求めるVIPは世界に多い。その船橋氏に、日本の『戦後敗戦』とは何かを聞いた。 ◾️日本の脆弱性=構造的経済安全保障の「赤字国」という事実 ――トランプ関税や中国のレアメタル規制など「経済の武器化」という脅威の原点が、1973年の石油危機だと思います。『戦後敗戦』も第1章で石油危機の攻防が描かれています。イスラエルを巡る中東紛争で、産油国が石油を武器化して、産出量を減らし、日本を「友好国グループ」から外した。一方で、アメリカは田中角栄首相に対して「イスラエルの味方になれとまでは言わないが、アラブの味方をするな」と突きつけてくる。 この石油危機を機に、戦後の経済成長がストップします。1978年に船橋さんは『経済安全保障論――地球経済時代のパワーエコノミックス』(東洋経済新報社)という本を書き、「経済安全保障」という言葉がおそらく世界で初めて使われ、その概念を世に問うたと思っています。 船橋:実は、後から知ったことがあります。石油ショックの前年の1972年、アメリカの政治学者ズビグネフ・ブレジンスキー(後にカーター政権の大統領補佐官)が『ひよわな花・日本――日本大国論批判』(サイマル出版会)という本を書いていたのです。彼は野村證券の招きで半年間日本に滞在し、政治家、官僚、研究者、ジャーナリストにインタビューを重ねてその本を書いていたのですが、すでに日本の脆弱性を見抜いていました。 当時、日本は高度経済成長の絶頂期です。1968年に西ドイツを抜いて世界第2位の経済大国へと躍進しています 。しかしブレジンスキーは、「日本は地政学的に負荷のかかる、安全保障の赤字国である」と見抜いていた 。近隣に体制の違う強国があり、過去の戦争の遺恨もある中で、かろうじて平和を維持しているにすぎないと 。国際環境という「順風」が吹いているから繁栄できているが、これがぐらつけば、たちまち繁栄も平和も脅かされる。だから日本はその脆さを自覚しなきゃダメだ、というフレンドリー・アドバイスだったわけです 。 その翌年の1973年に起きた石油危機で、私は中曽根康弘通産大臣(現在の経産大臣)の中東外交に同行取材をして、イラン、クウェート、サウジアラビア、アブダビを回った後、「『石油は政治』日本も認識を」という記事を書きました。世界第2位の経済大国の日本が、エネルギー面で非常に脆い構造の上にいる。その克服のための政策課題が必要だと思い、私はハーバード大学に留学することにしました。ジョセフ・ナイ教授のもとで書き上げたのが、『経済安全保障論』です。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする