社説:スパイ防止法 治安維持法に通じる危うさ

破滅的な戦争に国民を駆り立てたのは、異論を徹底的に封じた軍国主義である。100年前、1925年に制定された治安維持法は、自由な言論を「非国民」と圧殺した。 その道につながりかねない「スパイ防止法」制定の動きが再燃している。折しも太平洋戦争の開戦からあすで84年。国家が統制と監視を強める危うさから目を背けてはなるまい。 外国勢力などから国の重要情報を守るとするスパイ防止法は、自民党の保守強硬派が「悲願」とし、高市早苗首相は日本維新の会との連立政権合意書で年内の検討開始を盛り込んだ。先日の党首討論では「速やかに法案を策定することを考えている」と答弁している。 野党の国民民主、参政両党もそれぞれ単独で今国会に法案を提出している。 いずれも東アジアの安全保障環境の厳しさを強調し、保守層への政治的アピールにつなげたい思惑が透ける。 なぜ新法が必要なのか。現行法で対処できない領域や事例について不明なままだ。そのこと自体に重大な懸念を抱く。 今年8月、政府は「各国の諜報(ちょうほう)活動がしやすいスパイ天国とは考えていない」との答弁書を閣議決定した。自民総裁選でも「新たな立法は必要ない」とした候補がいた。政権や自民内でさえ慎重論があるのは当然だ。 すでに重要情報に関する法制度はある。2013年には防衛、外交、スパイ防止、テロ防止の4分野の機密保全を対象とし、漏えいに重罰を課す「特定秘密保護法」が成立した。その後、経済安全保障の重要情報へのアクセス権を制限する法制度なども導入されている。 これまでの自民の議論によると、新法は外国勢のスパイ行為を規定した上で監視し、時に逮捕できるようにする包括的な内容を構想している。 外国政府・企業の代理人として日本国内で情報収集する人の登録制度の導入を目指す。内閣情報調査室を格上げして司令塔となる「国家情報局」とし、対外情報庁も創設するという。 自民は1985年にもスパイ防止を掲げ、機密の探知・収集を処罰する「国家秘密法」案を提出した。機密の範囲があいまいで政府次第なのは特定秘密法、スパイ防止法案と同じだ。思想・信条の自由といった人権侵害への恐れから、世論の猛反発でこちらは廃案となった。 戦前の治安維持法は反戦、労働運動、京都大などの学識者、さらには全国民にまで対象を広げていった。新法を公約とする参政党の代表は参院選で「極端な思想の人たちを洗い出すのがスパイ防止法」と述べた。 通底するのは国の一存で個人を監視し、異議を切り捨てる考え方だろう。その先に、民主主義の崩壊と戦争への道を再び開かぬよう、注意を向けたい。

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