脚本家・井上由美子が手掛ける小池栄子主演のドラマ「さよならノワール」(毎週火曜夜9:00-9:54、フジテレビ系/FODほかにて配信)が現在放送中。今回井上が選んだ舞台は、警察署内の「犯罪被害者支援室」。事件の加害者ではなく、取り残されがちな被害者の心に寄り添う女性たちの姿を描く。企画の成り立ちやリサーチで痛感した被害者支援のリアル、小池栄子と北香那ら俳優陣の魅力、そして連続ドラマへの熱い情熱について話を聞いた。 ■スポットが当たらない「犯罪被害者の裏側」を描く意味 ドラマ「さよならノワール」は、警察内に設置された「犯罪被害者支援室」を舞台にした警察ヒューマンドラマ。事件解決や犯人逮捕ではなく、犯罪によって心に深い傷を負い、暗闇に落とされた被害者や家族に寄り添い、立ち直りをサポートする職員たちの奮闘を描く。ぶっきらぼうだが心に傷を抱える黒木夏海(小池)と、空回りしがちだが真っ直ぐな白石絵梨子(北)がバディを組み、互いに足りない部分を補いながら人々の心を溶かしていく。 ——本作の企画に参加された経緯と、久しぶりにタッグを組む河毛俊作監督とのエピソードを教えてください。 狩野雄太プロデューサー、河毛俊作監督と「警察を舞台にした新しい企画をやろう」と集まったのが始まりです。マル暴や生活安全課など捜査一課以外の部署を検討する中、これまであまりドラマで描かれたことのない「犯罪被害者支援室」を舞台にしようと企画が動き出しました。刑事ドラマは犯人逮捕、法律ドラマは判決までが主軸ですが、その裏には必ず被害者がいます。彼らに焦点を当て、心情や背景を描く人間ドラマを作りたいと考えました。 河毛監督とは、「ギフト」(1997年)から始まり、「きらきらひかる」(1998年)、「タブロイド」(1998年)、「パンドラ」(2008年ほか)シリーズなど、節目で大事なお仕事をさせていただきました。今回久しぶりにご一緒しましたが、働く女性をリアルに、生々しく魅力的に描くことにかけて、なみなみならぬ情熱を持っておられます。そこはずっと変わっておらず、河毛監督の真骨頂だなと改めて思いました。 ——「さよならノワール」というタイトルに込められた意味を教えてください。 「ノワール」は黒や闇、犯罪などを意味しますが、今回は「犯罪被害で受けた傷」「闇に落ちるような悲しみ」と捉えました。人は深い悲しみに浸ると、世間的に解決しても自分の中では一生抜け出せないような気持ちになります。でも、誰かと出会い手を差し伸べられることで、その闇に別れを告げ、一歩踏み出せる。出会いの言葉としての思いを込めて、あえて「さよなら」を使いました。 ——タイトルは他にも候補があったのでしょうか。 直感でつけたものの、「支援室の話だと分からない」という意見もありました。そこで河毛監督の『新宿野戦病院』にちなんだ『池袋犯罪被害者支援室』や、私からは『ソウルメイト〜』など複数案を出したんです。でもタイトル被りもあって難航し、結局「初心に帰ってこれでいこう」と落ち着きました。 ——以前から「犯罪被害者支援室」をご存知だったそうですが、今この時代だからこそ受け止めてもらえると感じた理由はありますか? 以前も描きたいと思いましたが、当時は「犯罪被害者支援室」という組織の知名度が低く時期尚早でした。しかし最近は交通事故の被害者支援などが注目され、事件報道でも犯人だけでなく、被害者の思いに目が向けられるようになってきました。日本の被害者支援の歴史は約20年と海外に比べやや遅れていますが、被害者の心に寄り添い、守られる動きが大きくなってほしいと思っています。 ■とにかく「聞く」ことの難しさと尊さ ——企画を立てるにあたってリサーチを進める中で、実際の支援についてどのような印象を持たれましたか? 心理士の方々にお話を伺い、普通の人が経験しない悲劇に寄り添う、本当に大変な仕事だと感じました。印象的だったのは、積極的に働きかけるより「被害者が自分の力で立ち上がるのを見守る」こと。仕事のほとんどは「話を聞く」「待つ」ことで忍耐がいりますが、人が1番求めているのは自分の話を聞いてくれる人であり、本当に尊い仕事だと痛感しました。 ——ドラマとして描く際、主人公が「聞く」という受動的な存在であることは、脚本を書くうえで難しいのではないでしょうか? それはものすごく難しかったです。監修の先生が「とにかく耳を傾ける」と教えてくだったのですが、「ただ聞いているだけだとドラマにならない」と焦りました。ただ、「聞く」というのは、こちらの態度によって相手に悲しみの塊を吐き出させるということでもあります。いきなり「どれだけ苦しいですか?」とは聞けませんが、たとえば「何か食べたいものはありますか?」とか、「コーヒーと紅茶、どちらを飲みたいですか?」と聞くことはできる。 心が固まって何も喋れない人でも、「コーヒーか紅茶か」なら答えられることがありますよね。そういった実際の支援現場のお話を取り入れながら、できるだけドラマチックになりすぎないように、日常の地続きの会話を心がけながら書きました。そこはおっしゃる通り、とても苦労しましたね。 ——分かりやすいエンタメになりすぎない分、役者や監督に託される部分も大きかったのではないでしょうか。 そうですね。本作には見得を切るような派手な演出や決めゼリフはなく、じっくり人の心を溶かしていく物語です。だからこそ役者も演出も難しかったはずですが、大声を張らなくてもじわっと相手に伝わる表現を心がけていただきました。 ■小池栄子と北香那、相反するバディの魅力 ——今回、小池栄子さん演じる黒木夏海と、北香那さん演じる白石絵梨子という2人を描く上で意識されたことは何ですか? 全く異なる人生を歩んできた2人のやり取りを通じ、それぞれの考え方を映し出そうと考えました。誇張したキャットファイトではなく、現実的な会話を想像して書いています。共通するのは、2人とも過去に失敗や傷ついた記憶があること。人の痛みを想像できる人間にするため、全話通じてそれぞれの痛みを少しずつ描いています。 ——小池さんと北さんのお芝居についてはいかがでしたか? 小池さんは素晴らしいですね。声を張らなくても思いが伝わり、暗い顔をしなくても何かを背負っていることがじわっと伝わってくる。少しヨーロッパ映画のような雰囲気を感じました。本来の快活な姉御肌のイメージとは少し違い、今回はぶっきらぼうで傷を抱えつつも、それに振り回されない強さを持つ女性。その「匂ってくる」ような表現力をぜひ見ていただきたいです。 ——北さんについてはいかがですか? 北さんは、一歩間違えると本当に嫌な役になりかねないキャラクターを、魅力的にかわいく演じてくださっています。人間誰しも愚かなところがありますよね。彼女がその「やりすぎ感」や「痛い感じ」を引き受けてくれるおかげで、視聴者も「自分に似ている」と安心できる。本当に力量のある女優さんです。 ——重いテーマを扱いながらも、2人の掛け合いには楽しさもありますね。 そうなんです。「犯罪被害者支援室」と聞くと、真面目でシリアスな印象を受けると思います。もちろんディープに事件を掘り下げる面は一生懸命やりましたが、夏海と絵梨子のやり取りはとても楽しいドラマになっています。2人はフレッシュでエネルギーに溢れていて、元気があるからこそ人を救える部分がある。 一方的に絵梨子が成長するのではなく、年上の夏海も影響を受けて成長していくところに注目していただければ、単なる悲しいお話ではなく、前向きに楽しんでいただけると思います。だから皆さん、暗そうな作品だと食わず嫌いをしないで、ぜひ観てください(笑)。 ■連ドラの醍醐味と「来週を楽しみにできる」物語作り ——これまで多くの連ドラを手掛けられていますが、日頃からどのようにアンテナを張られているのでしょうか? 実は、ものづくりの基本として「アンテナを張りすぎない」ようにしているんです。脚本家や制作者としての視点で物事を見てしまうと、ニュースを一つ見ても「これウケそうだな」「話題になりそうだな」というバイアスがかかってしまいます。 そうではなく、できるだけそういうアンテナを張らずに、一人の女性として生きていて、純粋に「気になること」や「知りたいこと」に目を向けようと努力しています。なかなか難しいことではあるんですけどね。 ——映画よりも連続ドラマを数多く執筆されている印象がありますが、連続ドラマならではの楽しさやこだわりを教えてください。 今は一気見する人も増えましたが、「1週間に1回ドラマがあって、来週を楽しみにできる」のは非常に贅沢なこと。地上波の連ドラという文化をこれからも大事にし、一生懸命書いていきたいです。書く上で外さないのは、まさに「来週を楽しみにできる」こと。ミステリー的な謎解きだけでなく、「この人物がどう成長し、痛みをどう引き受けるのか」など、登場人物の行く末に興味を持ってもらえるように書きたいと願っています。 見得を切るような派手な演出や決めゼリフがないからこそ、人間の生々しい感情と温かさが胸に迫る。痛みを抱えたバディが、被害者たちの固まった心をどう溶かし、自らも成長していくのか。井上由美子の繊細な筆致で紡がれる「さよならノワール」は、現代を生きる私たちの心に希望の光を灯してくれるはずだ。 ◆取材・文=磯部正和