〈住人プロフィール〉 37歳(女性・会社員) 賃貸マンション・1K・京王線・笹塚駅・渋谷区 入居8年・築年数32年・ひとり暮らし 研究職に就いていた父が、ある日突然、軽犯罪で逮捕された。彼女は中3、妹は中1だった。 信じられない思いであったがその後余罪も明らかに。家庭菜園でハーブやルバーブを育て、パンやケーキの教室に通い、穏やかな生活を送っていた母と一家の生活は激変した。 「追われるように故郷を離れ、関東の父の実家に身を寄せました。驚くことに父の犯罪はその後もたびたび続いたのですが、母は亡くなるまで離婚しませんでした。離婚すればいいのにと高校、大学の頃はずっと思っていたのですが」 その母は2年前病気で急死した。61歳だった。続けて父も今年1月、孤独死する。 彼女は、18歳で留学して以来、両親とほぼ暮らしていない。 実家の息の詰まるような生活から逃げたい一心で、大学はアメリカへ進んだ。人類学に興味があり、美術史を学んだ。ものを通して人間を見つめる点が共通している。 過去の家族の話も、率直に語る。 料理は一切しない。 「食べるのは大好きなんですが、正直、料理は好きじゃない。台所はもっぱら換気扇の下でたばこを吸うための場所です」と笑う。 食事は総菜を買ってくるか、ウーバーか。5年付き合っている恋人がまめに料理をするらしく、彼が来る時は作ってもらうという。 「ペットボトルですみませんが」 そう言って、ミネラルウォーターを撮影の本城直季さんの分と2本差し出し、首をすくめた。 朗らかで快活。開放的な空気をまとった人だ。そのオープンマインドな人柄はどこからかと思わず尋ねると、アメリカですかねえと懐かしそうな表情になった。 「右も左もわからないアメリカでは、人に助けてもらわないと生きていけません。下手な英語でも、自分から話しかけて訊(き)かないとわからないことばかり。それで自己開示するようになったのかもしれません」 それまでは、生きづらかったという。思春期から反抗期が強く、他者との壁を強く感じていた。中高生になると、人にああ言わなければよかった、あれは悪かったなと自分を責めることが続いたらしい。 アメリカで、人と構えず接する心地よさが自然に身についた彼女は、帰国後は営業職に。 シェアハウスに住んだり、恋人ができてひとり暮らしを始めたり、仕事は外資系企業を経て現在3社目になる。プロジェクトマネジメントを担い、「人をサポートする仕事で楽しいです」とのこと。 30代で両親を亡くし、半年前には父の葬儀の喪主まで務めた。ここまでの道が平坦であったはずはない。けれど人に心を開くことで、少しずつ自分を救ったり支えてきたりしたのではないかと、こんな言葉からも窺(うかが)えた。 「人に話すと楽になります」 また、オープンマインドでいると、人と合う合わないを「自分じゃなくて他人に判断してもらえる。それが利点」と語る。