批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。 * * * AIチャットボットのチャットGPTに元交際相手の殺害計画を打ち明けた米国の男性が、実行前に逮捕された。対話を監視していた運営企業がFBIに通報した。男性は勤務先を解雇され、8年間の保護観察処分になったという。 運営企業のオープンAIは、今年2月のカナダの銃乱射事件で、同様に危険な対話を把握しながら通報を見送った経緯がある。その時は実際に事件が起きてしまった。今回は対照的な対応になっている。 筆者は通報自体を批判しない。2月の不幸な結果を考慮すればやむをえない。しかし今後類似の通報が増えるとすれば、考えねばならないことが三つほどある。 第一にプライバシー保護の問題がある。AIの普及は急速である。いまや多くのひとがチャットボットを利用している。人間関係や性の悩みなど、センシティブな話題を相談する利用者も多数いる。チャットボットとの対話は一対一の対話に見えるので、容易に気を許してしまう。けれども現実は運営企業に監視されている。利用者側でリテラシーを高める必要がある。 第二にいわゆる内心の自由との関係がある。どんな危険なことを考えても実行しないかぎりは罪に問われない。それが従来の刑法の原則である。けれどもその原則が揺らぎ始めている。 今回の事例では犯罪計画や銃の提示が通報の決め手となった。しかしAIが今後さらに一般市民の日常に入り込むとすれば、日々の会話や行動から犯罪性向を弾き出すことも可能になるだろう。特に性犯罪の兆候などは検出可能かもしれない。その時私たちは「いまだ罪を犯していない潜在的犯罪者」にどのように対応すべきか。領域横断的な広範な議論が求められる。 最後に監視の主体の正当性の問題がある。これからは仕事も余暇もつねにAIの支援を受ける時代が来ると言われている。それはつねにAIに個人情報を渡す時代だということでもある。そのとき私たちの行動が合法か非合法かを判断し、生殺与奪の権利を握るのが民間企業でよいのか。民主主義の未来と深く関わる重要な論点である。 ※AERA 2026年8月31日号