世界で日本に次ぐ規模の米兵を受け入れているドイツ。 東西冷戦の最前線で手を取り合って自由と民主主義を守った歴史から、駐留米軍への感情的しこりは小さいが、殺人罪に問われた米兵が昨年、軍事法廷で無罪放免となり、「基地問題」がにわかに注目された。自国最優先のトランプ政権発足も、対米不信に拍車を掛けている。 ◇「無力な独司法」 「ミヒャが刺された。早く来て!」。2023年8月19日未明、西部ラインラント・プファルツ州ヴィットリヒ近郊に住むミヒャエル・オフスヤニコフさん(50)の携帯電話が鳴った。長男ミヒャエルさん=当時(28)=の知人からだった。町中心部の現場に駆け付けたが、息子は既に息を引き取っていた。 数時間後に逮捕されたのは、約20キロ離れたシュパングダーレム米空軍基地に所属する20代の男。凶器となったナイフの持ち主で、警察の調べに犯行を自供した。互いに酒気を帯び路上でトラブルになったとみられ、北大西洋条約機構(NATO)地位協定の運用に基づき、事件は米軍の軍事法廷に引き継がれた。 沖縄・嘉手納基地で判事を務めたこともある裁判官は、自供が「自発的なものではない」と判断し、証拠は不採用になった。弁護人は一緒にいた別の米兵の犯行だと主張。米兵で構成する8人の陪審員は昨年10月、無罪評決を下した。「独司法は無力」(大衆紙ビルト)。世論は騒然とし、遺族は怒りと悔しさの淵に沈んでいる。 オフスヤニコフさんは「ドイツで起きたことは、独司法が裁くべきだ」と、事件を米軍に委ねた独検察の不作為を民事訴訟で追及している。「力尽きるまで、やれることをやる。そうすれば、ミヒャに『できることは全部やったよ』と言える」 ◇「最も有毒な池」 「ここは恐らくドイツで最も有毒な池だ」。農家のギュンター・シュナイダーさん(63)は、基地から歩いてすぐの池に目を向けた。地元紙によると、発がん性が疑われている有機フッ素化合物「PFAS」の濃度が、調査で環境基準を大きく上回った。基地で数十年間使われてきた消火剤が原因とされる。 地元当局は、水源が異なるため飲み水への影響はないと結論付けたが、釣り人に愛された池を訪れる人はいなくなった。PFASは自然分解されにくく、シュナイダーさんは「汚染と共に生きていくしかない」と肩をすくめた。 住民の多くは基地に関わりを持っており、表立った対立はないという。それでもトランプ政権がリベラルな価値観に背を向ける中、基地受け入れの前提である相互の信頼は揺らいでいる。トランプ氏の傍若無人ぶりを伝えるニュースを日々、目にするシュナイダーさんは「米政治にはうんざりだ。これではパートナーになれない」と憤る。 一方、「米兵との関係は良好だ」と語るのは、欧州最大の米空軍基地を擁する西部ラムシュタインで飲食店やホテルを手掛けるアンドレアス・ハウスマンさん(57)。米軍削減の見方もくすぶるが、経営責任者の娘エラさん(29)は、「予測できない難しさはあるが、手は休めない」と新規投資を計画している。(ヴィットリヒ=独西部=時事)。