91歳の元・公安調査庁長官が明かす国家転覆勢力と対峙する捜査の内幕(書評)

ドラマや小説なら、いくら何でもありえない、とツッコまれそう。それほど意外な展開が待っていた。 東京地検公安部で数多くの事件捜査を担当し、最高検公安部長や公安調査庁長官などを歴任した91歳の「公安検事」による回顧録だ。自らの体験を振り返りながら、公安捜査の内幕を明かしている。 極左暴力集団(過激派)による騒乱事件や大学紛争、爆弾闘争が続発した時期に、東京地検公安部検事として捜査にあたった数々の事件が紹介されている。単なる武勇伝ではない。土田邸・日石・ピース缶爆弾事件で〈逮捕・起訴した一八人全員が無罪という屈辱〉も味わった。悪夢のような失態についても、冷静に原因を分析している。 武装訓練のために集まった過激派を一斉逮捕した大菩薩峠事件では、のちに日本赤軍最高幹部となる重信房子氏の取り調べを担当して、不起訴処分とした。〈自分があの時に不起訴にしなければ、彼女はテロリストとなることもなく、日本赤軍による一連の事件も起きなかったのではないか〉といった感慨も。 公安調査庁に出向して、インテリジェンスの世界へ。情報機関がどのような行動原理で、どんな活動をしているかが描かれる。地下鉄サリン事件では破壊活動防止法の適用を目指し、長官として奔走した。 国家転覆勢力と対峙する公安の視点から眺めた戦後事件史は記録として貴重。そんな本書のハイライトは著者が法曹界を去ることを余儀なくされた経緯を記した最終章だろう。 退官後に弁護士として活動していた著者は、朝鮮総連本部ビルの売却に絡む不透明な取引に関わり、詐欺罪で逮捕され有罪となった。朝鮮総連といえば長く公安調査庁の監視対象で、自らも〈いわば仇同士〉と呼ぶ相手。それでも〈朝鮮総連のために動いたことに誤りはなかったとの思いも去来する〉という。ありえなかったはずの連携の真意は……。 [レビュアー]篠原知存(ライター) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社

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