「ルフィ」一味による広域強盗事件は、匿名・流動型犯罪グループ「トクリュウ」の存在を世に知らしめた。しかし、その脅威は国内だけに留まらない。現在、日本は海外の、より組織化された犯罪グループの標的となっている。 裏社会や犯罪組織を長年、取材し、脚本家としても数々の映画やドラマを手がけるノンフィクションライター・藤原良氏の著書『闇バイトの歴史 「名前のない犯罪」 の系譜』(太田出版)は、闇バイトの黎明期から国際化する現在までを丹念に取材し、特殊詐欺に対する日本の脆弱性を指摘する。なぜ日本が狙われるのか。その犯罪スキームの実態を、本書の記述と藤原氏への取材から見ていきたい。 現在、日本で被害が多発している特殊詐欺だが、その手口の多くは海外ではすでに過去のものとなっている。 「オレオレ詐欺の原型は海外から入ってきたものです。例えばヨーロッパでは人の移動が日常的なので、『ドイツにいる息子』を騙ってフランスの親に電話をかけるといった手口は以前からありました。日本ではそうした詐欺の歴史が浅いため、免疫がなく、通用してしまったのが実情です」(藤原氏) この「詐欺に対する免疫力の低さ」が、海外の犯罪者たちにとって日本を魅力的な市場にしている。その事実は、具体的なデータによって裏付けられている。 〈アメリカのセキュリティ企業プルーフポイントが公表した調査によると、五月に確認できた世界の不審メール約7億通の内、詳細を分析できた2億4000万通が日本をターゲットにしたものだったという。それだけ日本人を狙うのが一番簡単ということなのだろう〉(以下、〈 〉内は『闇バイトの歴史』より引用) なぜこれほどまでに日本が狙われるのか。本書に登場する中国人ブローカー・勇毅(仮名)は、日本人と中国人の気質を比較して次のように語っている。 〈(中国では)この電話、このメール、大丈夫かな? 嘘ついてるかな? 詐欺かな? と。でも、日本人はすぐ信じる人が多いでしょう。中国人は必ず疑いますけど、日本人はすぐ信じる〉 国際トクリュウのターゲットは、資産を持つ高齢者だけではない。SNS上で「カネが欲しい」若者も主な標的だ。 「SNSでは『タイやフィリピンのリゾートバイト。3ヵ月で100万円。1日1時間勤務』といった、あり得ない好条件の求人が見られます。これらは海外トクリュウが仕掛けた罠です」(藤原氏) こうした募集に応じた先に待つのは、日本の常識では考えられない末路だ。 ◆臓器売買のターゲットに 「海外の犯罪組織にとって、拉致した人間は労働力であると同時に『商品』でもあります。最終的には臓器売買のルートに乗せられるケースもあるのです。言うことを聞かなければ殺して終わり、というレベルではなく最後は臓器が『商品』として売られるのです」(藤原氏) 本書に登場する勇毅の証言も、その実態を裏付けている。 〈命令を聞かない人(連れてこられた日本人たち)は、みんなの前で殴るとか、最後は殺します。他に方法ないです。男も女も同じです。逃げても後でその人はどうしますか? 自分で日本まで海を泳ぎますか? 空を飛びますか? 言葉もわからない、道もわからないのにどうやって警察や大使館まで行きますか? (中略)食事は少ないです。沢山あげると元気になって、逃げたい、遊びたい、いろいろ贅沢になるでしょ。一日、二回ぐらいで。水と何か食べるものだけです。あまり与えないのが重要です〉 軽い気持ちで応募した「リゾートバイト」は、生きて帰ることすらままならない、片道切符だということだ。 では、なぜ若者たちは、こうした単純な罠に陥るのか。そのリクルートの実態について、本書に登場する青谷氏(仮名)が語っている。彼は、闇バイトに応募してくる人間の心理を突き、いかに「扱いやすい」人材を選別するかを説明する。 〈バイトしたい奴は、誰でもカネが欲しいわけで、だから募集はまず〝高額報酬〟でいきますよ。時給1000円じゃ響かないでしょ。(中略)普通の人なら、そんな(うまい仕事は)ないって気付きますでしょ? そんなのがあったら世の中もっと景気がいいわってなるでしょ? だから社会経験が浅くて政治にも関心がない奴になるんです。(中略)まぁ、まともな社会人に来られちゃうと、どっかのタイミングで警察に行かれるだけですから、そんなリスクはこっちも負いたくないですから、なるべく〝バカ〟が来てくれたほうがいいんですよ〉 社会経験が乏しく、物事を深く考えない。言われたことを素直に実行する。そうした人材が、犯罪組織にとっては都合のいい「駒」となる。青谷氏は、なぜそのような人材が「便利」なのか、その理由を続ける。 〈バカって、言われたことしかやらないでしょ。(中略)そういう意味で言われたことしかやらない奴。要するに言いなりですよ。それで給料もらえるならラッキーぐらいにしか思わない奴。こっちとしてはそういう奴のほうが便利なんですよ。そんな奴だからこそ何も考えずに、こっちの指示通りに受け子とか運び役をやってくれるんですよ〉 ◆今後は偽警官詐欺が増加する 数ある詐欺手口の中でも、今後トクリュウが特に狙ってくると、藤原氏がみているのが「偽警官詐欺」だ。 「警察官を騙る詐欺は、中国などでは以前から存在する古典的な手口です。しかし、日本ではまだ目新しく、非常に通用しやすい。海外の犯罪組織は、その『タイムラグ』を狙っています」(藤原氏) この古典的な手口は、今から57年前に日本でも起きている。3億円事件だ。白バイ警官を装った犯人に現金輸送車が騙されたこの事件は、犯人が逮捕されず未解決のまま現在に至っており、警察にとってはトラウマとなっている。そして、この「偽警官詐欺」が再び、世間を騒がせようとしているのだ。しかも、現代の偽警官詐欺はテクノロジーを駆使するため、その手口は極めて巧妙だ。 「『0110』の電話番号を偽装表示させ、信用させるためにビデオ通話も使う。画面には、警察官の制服を着て、警察署のような背景の前に座る人物が映し出されます。これでは多くの人が騙されてしまうでしょう」(藤原氏) このように進化する手口に対し、警察も危機感を募らせている。藤原氏によれば、各都道府県警はSNSなどを通じて「偽警官に注意」と注意喚起を異例の熱量で行っているという。それは単なる防犯活動に留まらない。警察にとって「偽警官」は、3億円事件で失墜した威信を再び傷つけられかねない、絶対に許すことのできない手口だからだ。 国際トクリュウがこの手口を日本で本格展開させる上で、最大の障壁は「言葉の壁」だった。しかし、彼らはその課題を克服しつつある。 「日本人は少しでも不自然な日本語に敏感ですから、片言の日本語ではすぐに見破られてしまう。だからこそ、彼らは日本人を拉致・監禁してまで、“完璧な日本語”で詐欺を働かせようとするのです」(藤原氏) 3億円事件のように、警察官を騙る詐欺が海外から組織的に仕掛けられる。警察が警戒を強めているのは当然だろう。 では、こうした犯罪にどう対処すればいいのか。藤原氏は、その方法は極めてシンプルだと言う。 「海外の一般市民がそうしているように、怪しい話は“相手にしない”。これに尽きます。関わろうとすること自体が、彼らの術中にはまる第一歩なのです」 うまい話には乗らない。怪しい電話やメールは無視する。テクニックで対抗しようとする必要はない。ただ「相手にしない」。それが、こうした犯罪から身を守るための最も有効な手段といえる。 甘い言葉の裏には、人生を破綻させる危険が潜んでいる。その脅威は、もはや国内だけでなく、国境を越えて私たちを狙っている。その事実を認識することが、まず重要だ。 『闇バイトの歴史 「名前のない犯罪」 の系譜』(藤原良著・太田出版)