サラリーマンこそヤクザ映画を観るべき?プロが選んだ日本の映画史に残る「最凶のヤクザ映画」傑作選

「サラリーマンこそヤクザ映画を観るべきです。なぜなら、ヤクザ映画は『究極の組織人の物語』だから。作品では理不尽な上司や派閥争い、義理人情による板挟みといった、会社組織に生きる人たちにとって普遍的なテーマが描かれている。ヤクザ映画ほどサラリーマンが共感できる物語はありません」 長年、暴力団を取材してきたジャーナリストの鈴木智彦氏の持論である。義理も人情も希薄な今だからこそ、ヤクザ映画に人生を学ぶことがあるというのだ。 では、数多あるヤクザ映画の中で、本当に観るべき作品はどれなのか。FRIDAYは今回、元マル暴刑事やヤクザ映画に精通する評論家など″その筋″のプロたちに、必見の名作ベスト5を挙げてもらった。プロたちが選んだ「最凶のヤクザ映画」30作を、いくつか抜粋して紹介する。 前出の鈴木氏のイチオシは意外な作品だった。’81年に公開された『セーラー服と機関銃』だ。 「1位となっているのには理由があります。奇跡的なリアリティーがあるからです。この映画に出てくるヤクザは、よくある任侠映画のように美化されず、徹底したドチンピラとして描かれています。 一番の見どころは、主演の薬師丸ひろ子(61)演じる『目高組』組長と若頭役の渡瀬恒彦(享年72)が、ライバル組織に襲名の挨拶に行く場面。組長が女子高生なので、普通に考えれば締まらないシーンになるはずです。しかし、長年暴力団の取材をやってきた私から見ても、本当の暴力団のかけ合いを見ているようでした。 相手は二人を舐めきっているが、若頭は組長をかばいギリギリで居直ります。ヤクザ社会では、捨て身で牙を剥かない限り、弱者は舐められ続けられる。そういうヤクザのかけ合いの機微が見事に表現されているんです。ヤクザの親族が跡目を継ぐというストーリーはフィクションであり現実にはありえません。でも、そういう野暮なことは抜きにして、作品の細部に宿るリアリティーが突出して素晴らしいんです」 一方、ヤクザ映画の金字塔であり、王道の『仁義なき戦い』シリーズは多くの識者から支持された。戦後の広島県で発生した抗争の当事者である美能幸三美能組組長の獄中手記を基にした作品で、全5作で構成される。″リーゼント刑事″こと元徳島県警捜査一課警部の秋山博康氏は「当時の暴力団や刑事にとって影響力の大きい作品だった」と振り返る。 「ある暴力団の組事務所にガサ入れに入ったとき、若い衆が『仁義なき戦い』のビデオを観ていましたからね。刑事も『仁義なき戦い』を参考にしていました。『奴らが、映画の言葉遣いや抗争のやり方を真似するから気を付けろよ』と。つまり、あの映画が暴力団の行動パターンを学ぶマニュアルになっていたわけです。 作品内容でいえば、1作目の金子信雄さん(享年71)のコミカルな親分像は印象的でしたね。笑いを交えながら、狡猾に裏切りや駆け引きを繰り返すところに、裏社会の人間のリアルな姿が描かれています」 ◆本物のヤクザを表現するために採った意外な手法 シリーズ2作目の『仁義なき戦い 広島死闘篇』も多くの支持を集めた。著書に『山口組分裂の真相』などがあるノンフィクション作家の尾島正洋氏が語る。 「戦後復興期の広島で二つの組織が覇権を争うなか、タイトル通りの死闘を繰り広げていきます。出演する俳優たちの血走った目つきが、極限状態で修羅場に臨むヤクザを表現しています。実はこの目つきには仕掛けがあるんです。 撮影期間中、監督の深作欣二は暴力シーンを演じる若手俳優を連れて朝まで飲み明かし、徹夜で撮影に臨んでいたそうです。一睡もせずにいると、俳優たちが異様な目つきとなり、『相手を殺す』といった演技に磨きがかかるからというのが、その理由でした。この目つきが、作品をより見ごたえのあるものにしています」 『仁義なき戦い』の大ヒットにより、’70年代以降には実話を元に製作された「実録映画」と呼ばれるジャンルが一大ブームを巻き起こした。数々の暴力団捜査に関わってきた元警視庁暴力団担当刑事の櫻井裕一氏は、稲川会初代会長・稲川聖城の実録映画である『修羅の群れ』を1位に挙げた。 「作中、松方弘樹(享年74)演じる主人公・稲原龍二は何度も漢気を見せます。例えば、稲原がいる博場で横浜愚連隊の男が博打をするシーン。愚連隊の男がカネを賭ける代わりに拳銃を置く。稲原が『なんだこれ』と呼びつけると、怒った男は背後から主人公を撃とうとする。その時、稲原は『後ろから撃つ野郎はブタ野郎だ』と振り向かずに言うんです。その度胸に惚れ、愚連隊の男は稲原の組に加入する。 私にとって、ヤクザ映画を通じて組の歴史を知ることは仕事に役立った。稲川会の若い衆を取り調べる際、相手が喚いていれば『お前、稲川会の歴史を知っているのか。行儀良くしないと、昔のヤクザに笑われるぞ』と言って黙らせる。暴力団を肯定するわけではありませんが、『親分というのはこうでなくては』と思わされる作品です」 己の漢気で組織を拡大していく『修羅の群れ』とは対照的に、義理人情に背を向けた実在のヤクザをモデルにして「実録映画の極北」と称された『仁義の墓場』も30作の中に入った。 「渡哲也(享年78)演じる主人公は親分や兄貴分にも刃を向け、挙げ句の果てにはヘロイン中毒になって逮捕・収監。最後には飛び降り自殺をしてしまう。実名で綴られた『和田組』幹部・石川力夫は、獄中で『大笑い三十年の馬鹿騒ぎ』という辞世の句を残している。まさに馬鹿騒ぎの人生だったのでしょう。破滅的な行為の数々は、不思議と爽快感すら覚えます。 この作品の冒頭は、石川の関係者へのインタビュー音声からスタートしていて、そのドキュメンタリー風の手法も興味深い。ヤクザという存在が背負う業を深く見つめた一作です」(映画評論家・轟夕起夫氏) 『FRIDAY』2025年10月17日号より

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