【下山進=2050年のメディア第65回】Soraは何を貶めるのか?伝説の画商が見抜いた贋作事件から考える

弁護士の福井健策さんが先月、生成AIについてのわかりやすいレクを日本記者クラブでしていた。ただ、一点どうしても釈然としなかったのが、生成AI「Sora」が吐き出したトトロもどきについてのコメントだった。 「全ての芸術は先人の模倣を基盤としている。そして生成AIはいちど学習したことは忘れている」のだという。とすると、トトロもどきは、必ずしも著作権を侵害しているとは言い切れないという趣旨の解説だった。 たしかに法理でいうとそういうしかないのかもしれない。しかし、そうした“もどき”が破壊してしまうものについて、私たちはもっともっと眼を向けるべきだ。 そんなことを強く感じたのも、前回、そして今回と絵画の贋作という“もどき”が破壊するものを目の当たりにしたからである。 今回は、その“もどき”を見破る名人、日動画廊の長谷川徳七の話である。 ■佐伯祐三の贋作を見破る 「こんなものが本物であるわけないでしょう!」 1993年の初頭、長谷川は、東京美術倶楽部の鑑定会でずらりとならべられた未発見の佐伯祐三という触れこみの油彩・水彩40点を見て、思わず声をあげた。 佐伯祐三は、昭和3年(1928年)に30歳でパリで客死した、夭折の天才画家である。死の間際に描かれた『郵便配達夫』を覚えている人も多いだろう。そのころで、油絵であれば一億から二億する画家だった。 これらの作品は、吉薗明子という岩手県遠野市に住む主婦がもちこんだものだった。「以前住んでいた千葉の寺の本堂に父親の『しかるべき時期に公開せよ』という遺書とともに風呂敷で無造作に包まれていた」(吉薗明子の当時の証言)という触れ込みだった。 世に言う「吉薗コレクション事件」の幕開けである。 結果的にいうとこの40点は全て贋作だったのだが、山下清贋作事件と同様に、様々な資料がついていたのがミソだった。 東京美術倶楽部でも閲覧されたその資料というのは、たとえば、佐伯祐三がパリから明子の父親吉薗周蔵に送ったという葉書や、あるいは佐伯祐三の妻が「実は作品には私が手をいれている」と周蔵にあてて書いたという手紙などだった。吉薗周蔵は精神科医という触れ込みだった。 これらの資料にマスコミは踊らされるのである。

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