安井順平、話題作に引っ張りだこのバイプレイヤー デビューからの30年は「大部分が満足できないけど無駄はない」

『エルピス』『アンメット ある脳外科医の日記』『ブギウギ』、さらには『地面師たち』と、話題作・人気作で確かな存在感を放つ安井順平。11月14日に公開される映画『ブルーボーイ事件』では、主人公たちの前に立ちはだかる敵役として、鮮烈な印象を残す。お笑い芸人としてキャリアをスタートさせてから今年で30年。俳優として舞台、ドラマ、映画と引っ張りだこになった彼に最新作に込める思いや、これからについて話を聞いた。 1960年代後期、東京オリンピックや大阪万博で沸く、高度経済成長期の日本。国際化に向け売春の取り締まりを強化する中、性別適合手術(当時の呼称は性転換手術)を受けた通称ブルーボーイたちを一掃し街を浄化するため、検察は手術を行った医師を逮捕。手術の違法性を問う裁判には、実際に手術を受けた証人たちが出廷した――。 「性別適合手術」が違法とされていた1960年代に実際に起きた事件に着想を得た本作。飯塚花笑監督をはじめ、主演の中川未悠、中村中、イズミ・セクシーとトランスジェンダーが顔をそろえ、錦戸亮、前原滉、山中崇、渋川清彦ら実力派俳優とともに、当時の裁判、社会の様子をリアルに届ける。安井は、医師の立件のため、証言に立つブルーボーイたちへ厳しく尋問する検事・時田を演じる。 ――本作のオファーを聞かれた時の心境はいかがでしたか? 安井:架空の事件のお話なのかなと思ったら1960年代に実際にあった裁判だとわかり衝撃でした。台本を読ませていただいて、今自分がやるべき作品だと思いました。 というのは、僕が小学生の頃って、トランスジェンダーという言葉も知らなかったですし、女性っぽい男性に対しては全て“オカマ”という言葉で処理していたんです。女性的な言動の男の子に対して「オカマかよ」ってからかって笑いをとっていた記憶があって。なんの罪の意識もなく、便利な言葉としてそういうツッコミをしていたんだと思います。 その“オカマ”と呼ばれた人たちが昔も現代もいて、そう言われる度に深く傷ついてる人たちがいたんだと気付くのはだいぶ後で。だから贖罪的な意味合いもあります。今はそういう人たちの存在を認め、気持ちに寄り添える自分にはなりましたけど、昔はそういう人たちを避けていたし、子どもの頃とはいえ、きっとどこかで差別していたんでしょうね。 ――時田という役はかなり難しい役だったのではないかと思います。 安井:今回の役はそうした人たちを辛辣に尋問する検事なのですが、子どもの頃無自覚に言葉で傷つけていた自分が、今度は俳優として、相手を理解した上で、自覚的に演じることに意味があるんじゃないかっていう思いが生まれまして。是が非でもやりたいなと思いました。 時田の面白いのはただの悪役じゃないところで、戦争を経験しているんです。友も亡くしてる。日本男児たるものこうあらねばという考えを幼い頃から植え付けられて生きてきた世代が、ブルーボーイを前にして「日本人として恥ずかしくないのか」と憂うのは当然で、根底には愛国心がある。そのためにブルーボーイを駆逐しようと言葉で詰めていく。俺の目の黒いうちは日本をダメにさせないという強い意志と矜持を感じました。 キャラクター的には嫌な気持ちになってもらわないといけないし、監督からも「本気でいっちゃってください」とも言われました。主人公のサチを演じる中川未悠さんも当事者の方なので、本読みの段階で時田のセリフに涙を浮かべながら返してくるんです。どうしたって自分に重ね合わせちゃうのでしょう。本気でやらなきゃと思いました。 ――トランスジェンダーをはじめとしたLGBTQへの理解は、割と最近やっと進み始めた印象です。 安井:そうですね。僕もまだ全てをちゃんと理解できてないと思うんです。知識として理解できたとしても、その苦しみや、悩みまで共有することは難しいですから。でも大きな一歩ですよね。 撮影の前日に、中村 中さんに誘っていただき、中川未悠さん、イズミ・セクシーさんとでご飯を食べたんです。その時に色々話しました。きっと失礼な質問もしちゃったと思いますが、それがすごく大きかったです。俳優としての前に、当事者として話を聞きたくて。どういう問題が彼女たちを苦しめているのか聞きました。ただ役として参加した俳優だと思われたくないというのもありましたし、僕は敵役なので、彼女たちにとって安心材料になるといいなと思ったんですよね。みなさん気さくにお話していただきました。 寄り添うとか大げさなものではないです。実際、中村 中さんとは「順平さん、それ人によっては傷つく言葉になりかねません」「そうは言っても中さん、俺だってね——」とか熱のこもった会話をした気がします。最終的には芝居の作戦会議までしちゃって。仲良くなりました(笑)。 きっと全てをお互い理解できることはないとも思いました。でも知ることが大事というか、こういう人たちがいて、同じように生きていて、ただ生まれた時から性別に違和感を感じているだけで、何も変わらない。 すごくデリケートなテーマだから、インタビューの時も言葉を選ばなきゃっていうのがすごくあります。でもあまり言葉を選びすぎると、当事者の方には「気を遣って慎重にしゃべっているな」と思われてしまう。気を遣ってない風情を出そうとすると、それも高慢に思われるかもとか…今日の取材も失礼なこと言ってるかもしれないけど、正直に今思ってることをしゃべるしかないと思ってます。

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