「女子高校生コンクリート詰め殺人」加害者の“その後”51歳で孤独死した準主犯格Bの再犯の背景…義兄「普通ではない」更生を妨げた妄想《話題の記事2025》

2025年にHBCが配信したニュースの中から反響が大きかった記事を振り返ります。以下、2025年1月6日配信の記事を再構成しました。 旭川女子高校生殺人事件、江別男子大学生集団暴行死事件…北海道では去年、未成年や若者による凶悪事件が相次いだ。少年による刑法犯数が戦後ピークを迎えた1980年代。「史上最悪の少年犯罪」といわれるのが1989年に起きた東京都足立区綾瀬の女子高校生コンクリート詰め殺人事件だ。 事件の加害者のひとりである準主犯格のBが、3年前に孤独死していたことが今回新たに判明した。2000年から加害者や親、関係者に行ってきた独自取材や裁判・捜査資料から、知られざる加害者の「その後」をリポートし、矯正教育や社会での処遇について考える。(文・写真:HBC報道部 山﨑裕侍 ※3回シリーズの2回目 肩書や年齢は取材当時) ■「被害妄想の塊…普通ではない」義兄が感じたBの素性 不安になるほど長く暗い廊下を私は歩いていた。2004年7月、東京拘置所に勾留されている男に会うためだった。 男とは、1989年に足立区綾瀬で起きた女子高校生コンクリート詰め殺人事件の準主犯格B。Bは出所後の2004年5月、知人の男性に対して「お前、女、とっただろう」「殺すぞ、俺は人を殺したことがあるんだぞ」などと脅迫。顔面を殴打するなど暴行を加え、埼玉県三郷市の母親が経営していたスナックに監禁し、けがをさせた疑いで逮捕された。私がBと面会したのは、初公判を2日後に控えた日のことだった。 アクリル板の向こう側のドアが開き、Bはひょっこり現れた。身長180センチあまりの長身で、茶髪を短く刈り上げ、白いTシャツに短パン姿。事件の凶暴さとは裏腹に、どこにでもいるような人間に見えた。Bは再犯にいたる経緯を語り始めた。 B「自分はF組の構成員になりました。5月8日にS氏と殴り合いのけんかとなり、組をやめました」 記者「なぜ暴力団組員になったのか?」 B「話すと長くなるので手紙で書きます」

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