2026年はロッキード事件から50年 田中角栄元首相の罪とカリスマ性

2026年は「ロッキード事件」が米国議会で明るみに出て、田中角栄元首相らが逮捕されてから50年となります。現職首相による汚職事件は「戦後最大の疑獄」と呼ばれ、日本の政治に大きな影響を与えました。一方で、今も「残された謎」が取り沙汰されることがあります。節目の年の始まりに事件について解説します。 Q 「ロッキード事件」ってどんな事件だったの? 記者 米航空機メーカー・ロッキード社が全日空に対してトライスター機を導入してもらうために、大手商社・丸紅と一緒になって、田中元首相に現金5億円を渡した事件です。 首相の職務に関する行為が罪に問われたケースは今も、他にありません。元首相を含めて16人が起訴され、11人の有罪が確定、5人が死亡のため裁判が打ち切られました。 Q どうして発覚したんだろう? A きっかけは1976年2月、米上院外交委員会・多国籍企業小委員会の公聴会での「暴露」でした。ロッキード社の会計監査を担当した会計事務所代表(当時)が、トライスター機の売り込みのため、日仏伊など各国関係者に総額1600万ドル(当時のレートで約48億円)の賄賂が贈られたと話したのです。 2日後には、ロッキード社のコーチャン副会長(当時)が、販売代理店の丸紅を通じ、日本の「政府高官」に約200万ドル(当時約6億円)を渡したと証言しました。 Q すごくスケールの大きな話だね。 A 国会ですぐに関係者の証人喚問が始まりましたが、ロッキード社の対日工作への関与が疑われた小佐野賢治国際興業社主(当時)は「記憶にございません」を連発しました。公聴会での「暴露」から約20日後、東京地検特捜部は警視庁や東京国税局と合同で丸紅本社などを家宅捜索しました。 約5カ月後の76年7月には5億円を受領したとする外為法違反容疑で田中元首相を電撃逮捕し、翌8月に受託収賄罪などで起訴しました。 Q 裁判ではどんな主張がされたのかな? A 77年1月に東京地裁で開かれた初公判で、田中元首相は「5億円は受け取っていない」と無罪を主張しました。 これに対して検察側は、元首相が東京・目白台の自宅で、丸紅の檜山広・元会長らからトライスター機を全日空が購入するよう運輸相を指揮するか、全日空に直接働きかけをしてほしいと頼まれたと指摘しました。その際に元首相は「よしゃ、よしゃ」と応じたとしたのです。 Q 判決はどうなったの? A 東京地裁は83年10月、懲役4年、追徴金5億円の実刑判決を言い渡し、後に東京高裁も支持しました。それでも田中元首相は85年2月に脳梗塞(こうそく)で倒れるまでキングメーカーとして政界に君臨しました。 上告中の93年12月に亡くなり、その後の95年2月に最高裁大法廷が檜山元会長らの上告審判決で「首相の犯罪」を初めて認定しました。これが「丸紅ルート」の結末です。 Q 他にもルートがあったの? A 「全日空ルート」があります。橋本登美三郎・元運輸相、佐藤孝行・元運輸政務次官が航空行政を巡り、全日空の若狭得治社長(当時)から賄賂を受け取ったとして逮捕されました。橋本元運輸相は現金500万円、佐藤元政務次官は現金200万円の受託収賄罪で、いずれも有罪判決が出ました。 脱税などに問われた児玉誉士夫(よしお)・ロッキード社元代理人、議院証言法違反で有罪判決が出た小佐野社主のルートもありました。 Q 事件の背景には何があったんだろう? A 当時の米国の日本に対する貿易赤字問題がありました。72年8月、就任直後の田中元首相はニクソン大統領(当時)とハワイで日米首脳会談を開き、貿易不均衡の是正を含めた日米共同発表を行い、日本は大型航空機の緊急輸入が迫られている状況でした。 Q 米国が田中元首相を嫌って陥れたとの説も聞いたよ。 A 72年の日中共同声明で日本と中国の国交が正常化し、共和党のニクソン政権が「米国離れ」の姿勢を見せたとして、元首相の失脚を仕組んだとの見解ですね。 事件発覚の端緒となった76年の米上院の多国籍企業小委員会の委員長は共和党のライバルに当たる民主党のチャーチ氏でした。以前から外国への不透明な金の流れを調べ、その一つが航空機メーカーでした。 ニクソン政権とは正反対の立場で不正を暴いたことになり、にわかには信じられない見解です。 Q 田中元首相を評価する声もあるのはどうしてだろう。 A 元首相には「今太閤」「コンピューター付きブルドーザー」といった異名があります。カリスマ性だけでなく、実行力、親しみやすさが今の政治家たちに欠けていると、懐かしむ声がたびたび上がっています。 10年前には、元首相の生涯を描いた石原慎太郎氏の小説「天才」がベストセラーになるなど「角栄ブーム」が起きました。 一方で政治手法が「バラマキ」「利益誘導」と批判の対象になってきたことも事実で、毀誉褒貶(きよほうへん)が激しい政治家だと言えるでしょう。回答・遠山和宏(社会部東京グループ)

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