2026年は日本の拉致問題にとって重要な節目の年となる。2006年6月に「拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律」(通称:拉致問題解決推進法)が施行されてから20年を迎える。また、横田めぐみの母、横田早紀江は今年2月に90歳の卒寿を迎える。父の横田滋が2020年に87歳で亡くなって以降も、早紀江は娘の救出を訴え続けているが、被害者家族の高齢化は深刻さを増している。【佐々木和義】 こうした中、北朝鮮による拉致事件に対する日本政府と韓国政府の対応には著しい温度差があり、韓国の被害者家族は憤りを感じている。 日本政府が認定した拉致被害者は17人で、そのうち5人が2002年に帰国し、12人の消息が不明のままとなっている。一方、韓国統一部が集計した1953年の休戦協定締結以後の拉致被害者は522人で、それに朝鮮戦争時の拉致被害者と未送還捕虜を含めると18万人を上回る。 <日本人拉致被害、その経緯> 1970〜80年代、不自然な形の行方不明事件が続いた。警察の捜査や亡命した北朝鮮工作員の証言などから北朝鮮による日本人拉致の疑いが浮上した。さらに1987年に大韓航空機爆破事件を起こして逮捕された北朝鮮工作員金賢姫(キム・ヒョンヒ)が拉致被害者から日本語を学んだと証言し、北朝鮮による拉致事件が確実視されるようになる。日本政府は1991年から拉致事件を提起し続けたが、北朝鮮側は一貫して否定した。 転機が訪れたのは2002年9月のことである。同月17日、小泉純一郎首相が電撃的に訪朝、初の日朝首脳会談で金正日総書記が日本人を拉致したことを認めて謝罪した。続けて「誤った指示をした幹部を処罰した」と述べたが、自身の関与は否定した。 日本側の安否確認に北朝鮮は、地村保志・富貴惠夫妻、蓮池薫・祐木子夫妻の4人について生存を確認する一方、横田めぐみら8人は死亡したと述べた。また、日本が把握していなかった曽我ひとみの拉致と生存、横田めぐみの娘が生存していることを明らかにした。しかし、久米裕と曽我ミヨシについては入国自体を確認できないと回答した。 北朝鮮が生存していると明らかにした地村保志・富貴惠夫妻、蓮池薫・祐木子夫妻、曽我ひとみの5人は北朝鮮に戻す条件で一時帰国が実現したが、日本政府は拉致被害者家族会等の要望を受け、北朝鮮へ帰すことを拒否した。 2004年、小泉首相はふたたび訪朝、蓮池・地村夫妻の子供が帰国し、曽我ひとみの夫であるチャールズ・ジェンキンスと娘も日本に帰還した。ジェンキンスは米軍の脱走兵という立場から日本行きをためらったが、日本政府がアメリカ政府と交渉して軍法会議で穏当な判決を行う確約を取りつけた。在日米軍が降格と除隊、禁固刑を下し、ジェンキンスは妻の実家がある佐渡島で余生を送った。 北朝鮮は死亡したと回答した被害者の遺骨や死亡確認書を用意したが、DNA鑑定の結果、遺骨は別人のものと判明、死亡確認書も偽造の疑いが濃厚だった。日本政府は、拉致被害者全員が生存している前提で、全員が帰国を果たすまで事件解決はありえないという立場を取っている。 <日本政府の取り組み> 日本政府は拉致問題を重要政策課題として位置づけている。2006年9月29日、第一次安倍晋三内閣が拉致問題対策本部を設置した。これは、同年7月に北朝鮮がテポドン2を含む弾道ミサイルを発射し、10月に核実験を実施したことに対し、日本が独自の経済制裁を発動。その際、北朝鮮が拉致問題において誠意ある対応をとってこなかったことも設置の背景となった。 対策本部は内閣総理大臣を本部長、拉致問題担当大臣と内閣官房長官、外務大臣を副本部長とし、すべての国務大臣で構成される。2018年の菅義偉内閣官房長官(当時)以降、内閣官房長官が担当大臣を務めており、首相をはじめ全閣僚や衆参議員など拉致被害者の救出を求める運動のシンボルであるブルーリボンバッジを着けている。以降、歴代内閣は拉致問題について、政権の重要課題の一つとして位置づけている。 2025年10月に就任した高市早苗首相も拉致問題を重視しており、10月28日のトランプ米大統領と拉致被害者家族の面会に同席。続く11月3日に開催された日本人拉致問題「国民大集会」で、北朝鮮に金正恩(キム・ジョンウン)総書記との会談を打診していることを明らかにした。 <韓国における拉致被害者問題> 韓国統一部による朝鮮戦争後の拉致被害者は前述の通り522人で、朝鮮戦争時の拉致被害者と未送還捕虜を含めると18万人とされるが、正確な人数は把握できていない。 1953年に休戦協定が結ばれた際、国連軍司令部は韓国軍兵士失踪者を8万2000人以上と試算した。送還された捕虜はわずか10%の8343人で、その後、北朝鮮から逃げてきた元捕虜は80人のみである。国家情報院が2007年に取りまとめた資料によると、北朝鮮に抑留されていた元韓国軍捕虜は1770人、生存者は560人とされている。 韓国は1998年から2008年まで、金大中と盧武鉉の両政権下で南北融和事業の「太陽政策」を推進した。金大中は2000年6月に、盧武鉉は2007年10月にそれぞれ北朝鮮との首脳会談を実現させた。その後、2018年には文在寅大統領が3回にわたって金正恩との首脳会談を行った。しかし、これまで韓国政府が救出した拉致被害者や韓国軍兵士捕虜は1人もいないどころか、拉致被害者に関する言及すらしていない。 <韓国政府の対応> これだけ多くの拉致被害者がいるにもかかわらず、韓国政権の対応は日本とは対照的だ。2025年6月に大統領に就任した李在明は、12月3日の記者会見で「北朝鮮に抑留されている韓国国民の釈放に向けた努力」についての質問に「初めて聞く話」と答え、続いて「韓国国民が捕まっているというのは本当か」とブレーンに尋ねて問題を認識していないことが露呈した。 韓国でも2000年代に拉致被害者や元韓国軍捕虜の帰還を願う「黄色いリボン」運動が国民に広がったが、リボンを着ける政治家はいない。 拉致被害者の家族は「米国の大統領まで支援しているめぐみの母親がうらやましい」「死ぬ前に顔だけでも一度見て、声だけでも一度聞かせてほしい」と話しているという。 日本政府で拉致問題担当大臣を兼務する木原官房長官は12月23日には訪日した魏聖洛(ウィ・ソンラク)国家安保室長との会談で拉致問題の即時解決に向けた韓国の支持と協力を確認したが、自国の被害を認識しない韓国高官に伝えても暖簾に腕押し、豆腐に釘だろう。