【解説】 二つのまったく違うアメリカがあらわに 移民当局職員による射殺事件

アンソニー・ザーカー北米特派員 米ミネソタ州ミネアポリスで起きた連邦法執行職員による女性射殺事件は、アメリカ政治の深い分断をあらわにしている。そして、すでに紛糾している移民政策をめぐる論争が、これでさらに激化しかねない状態だ。 今回の事件は白昼に起きた。通行人らがさまざまな場所から撮影した複数の動画がある。にもかかわらず、基本的な事実すら争われている。 発砲のほぼ直後から、大きく異なる二つの説明が形成され始めた。特定の見方の説を押し出すため、ソーシャルメディアで共有された動画のあいまいな部分すべてが利用され、さまざまなアングルの映像やさまざまなスクリーンショットがそのために使われた。 公の場では、州と連邦の当局者らが、あからさまに異なる見解を示した。 国土安全保障省のクリスティ・ノーム長官は、車を運転していたルネー・グッドさん(37)に責任があると主張。彼女の車が移民税関捜査局(ICE)職員から離れる際に、グッドさんが「車を武器にし」、「国内テロ攻撃」を実行したのだと述べた。 ドナルド・トランプ大統領は、責めを負うのは「プロの扇動家」と「暴力と憎悪の過激な左派運動」だと、自分のソーシャルメディアのトゥルース・ソーシャルに投稿した。 一方、野党・民主党の連邦議員や、ミネソタ州と州内自治体の当局者たちは、これとはまったく異なる説明をしている。 ミネアポリスのジェイコブ・フレイ市長(民主党)は、連邦職員が「無謀にも」殺傷力を行使したのだと主張。ICE職員らに対し、罵倒語を交えながら、街から出ていくよう要求した。 ミネソタ州のティム・ウォルズ知事(民主党)は、今回の発砲事件を、「完全に予測可能」で「完全に回避可能」だったとした。そして、ミネアポリスとその周辺地域で最近、ICE職員が急増していることの直接的な結果だとした。 ウォルズ知事は7日、「私たちは何週間も前から、トランプ政権の危険でセンセーショナルな作戦が、私たちの公共の安全を脅かしていると警告してきた」と述べた。 連邦政府と現地当局の明確な対立は、8日朝にさらに鮮明になった。ミネソタ州の犯罪捜査局(BCA)はこの事件の捜査について、米司法省と連邦捜査局(FBI)が自分たちと協力しなくなったと発表した。 BCAによると、ICE職員が市民を殺害した行動について、今後は連邦機関が単独で捜査を担当するという。 移民取締りをめぐりここ数カ月にわたり悪化を続ける対立の震源地が、ミネソタ州だというのは、意外ではないにしても、皮肉なことだ。 なぜ皮肉かというと、グッドさん殺害事件が起きた現場のわずか数キロ先に、2020年にミネアポリス警察が黒人男性のジョージ・フロイドさんを逮捕しようとして殺害した事件の現場があるからだ。フロイドさん殺害を機に、当時のアメリカでは「Black Lives Matter(黒人の命は大切)」の抗議が全国的に起きた。ミネアポリスでは一部の抗議運動が暴力に発展した。 ウォルズ知事は今回、州兵を待機させ、街頭に出た大勢の抗議者に対し、暴力に訴えないよう警告した。 今回こうして緊張が一気に激化した事態が、ミネソタ州で起きたというのは、意外ではない。なぜなら、ミネソタではもう何カ月も対立と論争とスキャンダルが積みあがっていたからで、その対立が頂点に達して今の事態に至ったからだ。 トランプ氏がミネソタにいる大勢のソマリア系移民を嘲笑した後、同州の移民摘発が急増した。ミネソタ州のソマリア系移民のほとんどはアメリカ市民なのだが、その一部が、連邦政府からの新型コロナウイルス補助機の配分をめぐる大規模な詐欺で有罪判決を受けたのだ。 トランプ氏は昨年11月、「何十万ものソマリア人がこの国を食い物にし、かつて偉大だった州を引き裂いている」、「そもそもこの国にいるべきでない者たちによる、法と秩序への攻撃を、我々は容認しない」と発言した。 同州内で、保育や食料援助を含めた社会福祉サービスをめぐる汚職が行われているという疑惑も高まった。 さまざまな圧力を受けたウォルズ知事は先週、再選に向けた出馬を断念した。 トランプ政権は、無登録移民が多いと疑われるコミュニティーを標的に、連邦職員を使って摘発を繰り返してきた。ミネソタ州での移民取り締まり急増は、その最新事例にすぎない。今回の取り締まりにおける殺傷力行使も、決して単発の事案ではない。 米紙ニューヨーク・タイムズによると、移民当局が取り締まり作戦の一環として銃を発砲した事案は昨年9月から数えて、ミネソタ州の事件で少なくとも9件目だという。9件のいずれも、車両の中にいる人が標的にされた。 移民当局は強硬な取り締まり作戦を展開している。対象の都市は増え続けている。摘発のための行動の激しさゆえに、各地で抗議が続いている。そして、民主党関係者は口々に、当局職員に対する監視と説明責任と自制を強化するよう求めている。 移民当局へのこうした要求の緊急性が、ミネアポリスでの殺害事件によっていっそう増すことになった。 一方、トランプ政権は、これまで通りに邁進(まいしん)している。2024年の大統領選で自分たちは不法移民を取り締まる権限を「委任」されたのだとして、そして、自分たちの政権下で不法入国が激減したという証拠を拠り所に、取り締まりの有効性を強調しながら、進んでいる。 政権はさらに、グッドさん銃撃をとらえた映像が、殺傷力の誤用を示す証拠だという主張を強く否定している。 J・D・ヴァンス副大統領はソーシャルメディアで、「ガスライティング(誤情報で相手の認識や感覚を疑わせる心理的操作)は度を超えている。私は一切受け入れない」と書いた。「この職員は職務を遂行していた。彼女はそれを妨害しようとしたのだ」。 ヴァンス氏は、この事件は悲劇的だとしつつ、その責任は「この女性と、移民法だけは暴徒が妨害しても良い法律だと教える過激派全員にある」と付け加えた。 ウォルズ知事はこれに即座に反論した。 「権力を持つ者たちはすでに結論を下している。大統領から副大統領、クリスティ・ノームまで全員が立ち上がり、虚偽だと検証可能な内容や、不正確だと検証可能な内容を語った」 「彼らは、自分たちが知りもしない37歳の母親について、彼女がどういう人間なのかを決めつけたのだ」 現時点では、映像証拠でさえ解釈の余地があるようだ。同じ映像を見ても、人はまったく異なる結論に至る。しかも人は多くの場合、自分のそれまでの姿勢を補強する結論に至る。このことはおそらく、意外ではないのだろう。 アメリカ政治の亀裂は、不変であると同時に、途方もなく深いものに見える。 (英語記事 Two starkly opposed Americas laid bare by deadly ICE shooting)

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