【解説】続く抗議、イランの支配者たちにとって1979年革命以来の難局

リーズ・ドゥーセット国際担当主任編集委員 イランの支配者たちは今、自分たちが起こした1979年革命以降で最も深刻な難局に直面している。 イラン政府は前例のない規模で、国民の抗議に対抗している。激しい弾圧とほぼ完全なインターネット遮断が、過去の危機では見られなかった規模で実施されている。 政権に抗議する怒声が一時響き渡った道路も、その一部は今や沈黙し始めている。 「9日はとても混雑していた。集まった人の数は信じられないほどで、銃撃も多かった。それが10日の夜には、ずっと、ずっと静かになった」。テヘランの住民の一人がBBCペルシャ語に語った。 イラン人ジャーナリストの一人は、「今の時点で外に出るのは、死にたいからそうするに等しい」と話した。 今回の危機では、国内の騒乱に加え、外部からの脅威も重なっている。アメリカのドナルド・トランプ大統領が繰り返し、軍事行動を警告しているのだ。 アメリカは7カ月前、イランとイスラエルの間で12日間続いた戦争の最中に、イランの主要な核施設を爆撃した。それ以来、イランの政権は弱体化している。 けれども、トランプ氏がよく使う比喩を借りるなら、トランプ氏の脅しによってイランは、「持ち手のカードを1枚増やした」ことになる。 トランプ氏によると、イラン政府が交渉のテーブルに戻ろうと持ちかけてきたというのだ。 しかし、イランの持ち札は良くない。トランプ大統領は、会談する前に何らかの行動を取らざるを得ないかもしれないと話した。この騒乱の熱が、交渉によって完全に冷めるたりはしないはずだ。 そしてイランは、核濃縮ゼロを含むアメリカ側の最大限の要求には屈しないだろう。そのようなまねは、この神権体制にとって、戦略的原則の核心にある決して越えてはならない一線を越えることになるからだ。 現時点でどれほど強い圧力を受けているとしても、イラン首脳たちが進路を変えようとする兆しはない。 この事態を前にイラン首脳陣は「ともかく弾圧し、この瞬間を生き延び、その後どうするかを考えようとするはずだ」。米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院の教授(中東研究・国際問題)で、「Iran's Grand Strategy」(イランの大戦略)の著者でもあるヴァリ・ナスル氏はこう話す。 「しかし、アメリカやイスラエルと対立し、制裁下にあることを思えば、たとえ今回の抗議を鎮めたとしても、イラン国民の生活を改善できるような選択肢はほとんどない」 この局面がこれから進展するのか、今週の動きで決まるかもしれない。イランと周辺地域全体が、またしても軍事攻撃の渦に巻き込まれるのか。あるいは、過去にそうだったように、イラン政府側の容赦ない威力行使によって抗議は完全に鎮圧されるのか。 イランのアッバス・アラグチ外相は12日、テヘランで各国の外交官に対し「状況は完全に制御されている」と話した。 外の市街地では、明るい日差しの下、政府が招集した群衆がテヘランの道路を埋めつくし、街をデモ隊から奪い返していた。 包括的な通信遮断から5日目となってもなお、日に日に残酷さを増す光景が、人工衛星サービス「スターリンク」や、人々の技術的創意工夫、そして勇気によって、少しずつ世界に流出している。 死傷者であふれる病院の様子について、医師たちが証言している。屋外の仮設遺体安置所からは、黒い遺体袋が列をなして並べられた陰惨な映像が撮影されて、国外へ届いた。BBCペルシャ語の記者たちには、衝撃と恐怖を伝える音声メッセージが届いている。 被害者の数は増え続けている。2022年と2023年に6カ月以上続いた前回の騒乱では、約500人が死亡し、2万人以上が逮捕されたと、複数の人権団体は記録している。今回はわずか数週間のうちに、死者数はすでにそれを大きく上回り、これまでに2万人以上が拘束されたと言われている。 政府は流血を否定していない。国営テレビも仮設遺体安置所の映像を放映し、一部の抗議者が殺害されたことさえ認めている。 イラン各地の街並みは炎に包まれた。怒りが燃え上がる中、政府庁舎が放火された。政府の建物は体制の象徴だが、政府は公共施設への攻撃を「テロリストと暴徒」の仕業と呼び、非難している。 政府が使う法的な表現も厳しくなった。「暴徒」は、国家安全保障犯罪である「神への敵意」の罪で起訴され、死刑に直面することになるというのだ。 政府は、今回の国内騒乱の主な責任は国外の敵、つまりイスラエルとアメリカにあると非難している。 昨年の12日間戦争では、イスラエルの諜報機関モサドがイラン国内に潜入していた。モサドがいかにイランに深く入り込んでいたかが明らかになったことで、今回のイラン当局はいっそう、イスラエルを激しく非難している。 イランで新しく騒乱が起きるたび、同じことが言われる。抗議はどこまで広がっているのか。誰が通りや広場に出ているのか。当局はどのように対応するのか。 国内各地に広がった今回の抗議は、多くの点で特異なものだ。 きっかけは、ごくごく普通だった。昨年12月28日、テヘランで輸入電子機器を販売する商人たちは、突然の通貨リヤルの暴落に衝撃を受けた。店を閉め、ストライキを始め、バザール(市場)の他の人々にも同調を呼びかけた。 政府は当初、素早く、そして前向きに反応した。マスード・ペゼシュキアン大統領は対話を約束した。イランではインフレ率が50%近くに達し、ただでさえ苦しい住民の暮らしが通貨急落によって大混乱していた。それだけに、大統領は商店主たちの要求は「正当」だと認めた。 物価高騰による生活苦を緩和するため、月額約7ドル(約1100円)相当の新たな手当が、すぐに全員の銀行口座に振り込まれた。 それでも物価はさらに急騰し、抗議の波は膨れ上がった。 3週間もたたないうちに、イランでは小さな貧しい地方都市から主要都市に至るまで、経済と政治の変革を求めて多くの国民が行進していた。 もはや素早く手軽な解決などあり得ない。問題は体制そのものだからだ。 長年続く壊滅的な国際制裁、失政と腐敗、社会的自由の制限に対する根深い怒り、延々と続く西側との対決に伴う代償とそれによる苦悩――こうした諸々が重なり、イランは壊滅的な打撃を受け続けている。 それでも、これまでのところ、国の中枢は持ちこたえているようだ。 「全面崩壊には、まだ最も重要な要素が欠けている。つまり、抑圧的な治安部隊が、もはや自分たちが政権から得られる利益は何もないと判断し、政権のために国民を殺す意思を失うという事態には、まだ至っていない」。米首都ワシントンにあるカーネギー国際平和基金のカリーム・サジャドプール上級研究員はこう説明する。 この危機が勃発する前、イラン支配層の有力者たちが重要案件で激しく対立していることが明らかになっていた。その重要案件とは、アメリカとの新しい核合意に向けて、失敗続きの交渉を再開するかどうか。そして、パレスチナ・ガザ地区での戦争中に自分たちの軍事的代理勢力や政治的パートナーが相次ぎ弱体化した今、イランの戦略的な抑止体制をどう回復すべきか。 しかし、そんなことより何よりも大事なのは体制の存続、彼らの体制の存続だ。 最終的な権威は今も、86歳で病身の最高指導者アヤトラ・ハメネイ師に集約されている。そして、ハメネイ師は最も忠実な側近に囲まれている。その中には、今やイスラム共和国の経済、政治、安全保障を掌握するイスラム革命防衛隊(IRGC)が含まれる。 トランプ大統領がほぼ毎日、イランを脅しているおかげで、イラン首脳陣はむしろ意識を集中させるようになったと言われている。トランプ氏の脅しによって、外部介入の影響について、大勢がさまざまな憶測をするようにもなった。 軍事行動は抗議者を後押しするかもしれない。あるいは、裏目に出るかもしれない。 「まず第一の影響として、(外部からの軍事介入は)イランのエリート層の結束を強化するとともに、体制が特に弱体化する時だからこそ政権内部の亀裂を抑えることになるだろう」。ロンドン拠点の英王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)で中東・北アフリカプログラムのディレクターを務めるサナム・ヴァキル博士はこう話す。 特に声高にトランプ大統領に介入を呼びかけているイラン人の一人が、亡命中のレザ・パーレヴィ元皇太子だ。イラン最後の国王(シャー)だった彼の父は、1979年のイスラム革命で失脚した。 しかし、元皇太子の呼びかけは物議をかもしている。彼がイスラエルと緊密な関係にあることも同様だ。 それに対して、ノーベル平和賞受賞者で今もイランで投獄されているナルゲス・モハンマディ氏から、各国のさまざまな賞を受賞している映画監督のジャファル・パナヒ氏まで、多くのイラン人が、平和的な変化の重要性を強調している。その人たちは、イランの変化は平和的でなくてはならず、イラン国内から起きなくてはならないと力説する。 パーレヴィ氏は今回の騒乱において、自分は民主蜂起を勢いづけ、運動に形を与えることができるのだと、自分の力を世間に示した。同じスローガンを連呼して抗議するようにと彼が先週初めに呼びかけたことで、厳しい冬の寒さの中へと出ていく人が増えた様子だ。 パーレヴィ氏が果たしてどれだけ深く支持されているのか、知るのは不可能だ。そして、なじみのあるシンボルにしがみつく人がいるのは、変化をひたすら求める国民の渇望ゆえなのかどうかも、知るのは不可能だ。 それでも、獅子と太陽が描かれた革命前のイラン国旗が、再び翻るようになっている。 パーレヴィ氏は、自分は王政を復活させるのではなく、民主化への移行を主導しようとしているのだと強調する。しかし彼はかつて、母国を離れて世界各地に住むイラン人をまとめあげるような存在ではなかった。 崩壊と混乱への恐れ、そして経済的な困窮など、さまざまな不安がイラン人に重くのしかかっている。今なお国を支配する宗教指導者たちを支持するイラン人でさえ、そうだ。革命ではなく、改革が念頭にある人たちもいる。 熱狂と武力が街頭でぶつかるとき、変化は上からも下からも起こり得る。歴史はそう教えている。変化は常に予測不能で、多くの場合、危険だ。 (英語記事 Lyse Doucet: Iran's rulers face biggest challenge since 1979 revolution)

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