鬼才・長谷川和彦監督が語ったジュリー「沢田研二」の素顔 「無理なことでも必ずやり通す男」

「ゴジ」と呼ばれた鬼才、映画監督・長谷川和彦さんが1月31日に世を去った。80歳だった。代表作の「太陽を盗んだ男」(1979年公開)は、主演の沢田研二さんが原爆をつくって政府を脅迫するというショッキングな内容で、映画誌などで繰り返し再評価され、そのたびに注目を集めるという伝説的な作品だ。数あるジュリー出演映画のなかでも〝最高傑作〟と言われる。故人を偲び、生前に行ったインタビューを振り返り、こぼれ話を紹介する。 * * * 「死んで、生きろ!! GOJI.」 長谷川さんが、手書きした色紙が手元にある。四半世紀も前にインタビューしたときに書いてくれたものだ。 私がインタビューしたのは2002年。連合赤軍による「あさま山荘事件」からちょうど30年の年で、大学紛争のドキュメンタリー「にっぽん零年」、連赤の集団リンチを題材にした「光の雨」、警察の動きを描いた「突入せよ!『あさま山荘』事件」などが劇場公開されていた。そうした映画界の動きを、56歳だった長谷川さんは焦燥感をもって見つめていた。 長谷川さんも当時、赤軍メンバーの生い立ちから死、あるいは逮捕までを〝娯楽大作〟にする構想を練っていたのだ。20年以上かけて書いてきたという脚本は「完成間近」だったが、構想通りに進めれば20時間に及びそうな分量を2部作・計6時間にまとめる作業に腐心していた。 長谷川さんは「社会に不満を持った若者が自ら戦い、権力にも自分自身にも負けてしまう。戦場であり、女の兵士もいた。劇的な要素に満ちた素材だが、人間のつらい部分も凝縮されている。どこまでデフォルメしていいのか、今も迷いがある」と語った。「配給会社などと折衝中で、主だった配役も10人程度は決めた」とも言っていた。 「配役も決めた」という言葉が気になり、思わず「ジュリーの出番もありますか」と尋ねた。「太陽を盗んだ男」で菅原文太さんと渡り合うジュリーはすこぶるかっこよかったし、久世光彦さんがプロデュースして長谷川さんが脚本を書いたテレビドラマ「悪魔のようなあいつ」(1975年)で、三億円事件の犯人役を演じたジュリーも妖しい魅力に満ちていた。長谷川さんは2歳年下のジュリーの〝魅せ方〟を心得ている人だと信じていた。 長谷川さんは「いまは何も言えない」としつつ、こんな話をしてくれた。 「沢田が太ったなんて世間は言うけどさ。そんなことどうでもいいんだよ。どうでもいいんだが、俺なら、あいつを瘦せさせることができる」

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