アメリカ・ニューヨーク州バッファローで、視覚障害者の56歳の難民の男性が、国境警備隊の監視員に置き去りにされた後に死亡した。 地元ニュースメディアのインベスティゲイティブポストによると、ヌルル・アミン・シャー・アラムさんは2月19日に自宅から約5マイル(約8キロ)離れた場所に置き去りにされ、24日夜に遺体が発見された。 バッファロー市の報道官は、検視の結果、死因は健康上の理由で凍死や他殺ではないと判断したと発表した。 行方がわからなくなっていたヌルル・アミン・シャー・アラムさん。2月24日に遺体が発見された シャー・アラムさんはミャンマー出身のロヒンギャ難民で、難民認定を受けて2024年から妻と2人の子どもと共にアメリカで暮らしていた。 インベスティゲイティブポストによると、シャー・アラムさんはほとんど視力がなく、2025年2月に散歩の途中で見知らぬ人の家の玄関先に入り込んでしまった。 この家の住人が警察に通報し、駆けつけた警察官が歩行用の杖として使っていたカーテン棒を手放すようシャー・アラムさんに命じた。 しかしシャー・アラムさんは英語がわからず、カーテン棒を手放さなかったため、逮捕された。この時に、警察官2人が軽傷を負ったという。 シャー・アラムさんの子どものモハマド・ファイサルさんは、父親は英語がわからなかったために杖を手放さなかったのであり、誤解に基づいた逮捕だとロイター通信に語っている。 その後、シャー・アラムさんは司法取引に合意して保釈金を支払い、2026年2月19日に身柄を釈放された。 しかし、ロイター通信によると、シャー・アラムさんが逮捕された後、移民税関捜査局(ICE)が「移民留置要請(市民ではない人物が釈放された後に、身柄を拘束するための要請)」を発行していたため、エリー郡保安官事務所が事前に釈放されることを国境警備隊に連絡した。 この手続きについて、シャー・アラムさんの代理人であるベンジャミン・マカルーソ弁護士は、「司法取引に合意したことで留置要請は解消され、ICEによる拘束は回避できるはずだった」とインベスティゲイティブポストに述べている。 その後、国境警備隊は身柄を拘束したシャー・アラムさんを移民収容施設に移送する、もしくは家に送り届けるのではなく、自宅から約8キロ離れたコーヒーショップに置き去りにしたという。 ただし、地元TV局WIVBによると、置き去りにされた場所はシャー・アラムさん家族が以前住んでいた住所に近い場所だったと考えられている。 この判断について、国境警備隊の報道官は「隊員が車で送ることを申し出て、(シャー・アラムさんが)それを受け入れた。彼は国境警備隊の施設から直接釈放されるのではなく、コーヒーショップを送られることを選んだ」とはバッファロー・トロント公共メディアへの声明で主張した。 一方、ファイサルさんは「私も家族も弁護士も、父がどこに降ろされたのかを教えてもらえなかった」とロイターに語っている。ファイサルさんによると、シャー・アラムさんは読み書きができず、電子機器も使えなかった。 バッファローはこの1カ月、氷点下の寒さが続いていた。 シャー・アラムさんの弁護士は21日に行方不明者届を提出。しかし警察はシャー・アラムさんが移民当局に拘束されていると誤って判断し、23日に一時的に捜索を打ち切った。その後、24日夜に路上で遺体が発見された。 バッファローのショーン・ライアン市長(民主党)は「ほぼ失明状態で英語も話せない弱い立場の男性が、寒い冬の夜に一人で置き去りにされた。安全な場所に残そうとした形跡もなかった。税関・国境警備局によるその判断は、職業上の規範に反しており非人道的なものだった」と声明で移民当局を批判している。 ハフポストUS版の記事を翻訳しました。