イラン情勢が日に日に激化の一途をたどるなか、安全保障をめぐる情報収集活動やインテリジェンス体制の強化の必要性を、高市早苗首相はじめ政府は強く訴えている。今国会中の国家情報会議設置法案の成立、「スパイ防止法」に関しても夏に有識者会議の設置を目指しているなか、大手総合商社・住友商事社員が米海軍の横須賀基地に侵入するという衝撃的な事件が起きた。 2月19日に逮捕された同社社員の水野圭隆容疑者(45)について、全国紙社会部記者はこう語る。 「そもそもの事件の端緒は昨年秋、東京都内で駐車違反の取り締まりを水野容疑者が受けた際、警視庁が不審な点に気づいたことがきっかけでした。水野容疑者はIDを持つ米軍関係者しか借りられないレンタカーを基地の外で利用していたのです。 一連の情報が共有され、神奈川県警が調べたところ、IDの偽造が発覚。その偽造IDカードを用いて、数年前から横須賀基地や厚木基地に不法に入り、ホテルなどにも滞在していたのです。身分証には米陸軍軍曹の『ミズノ・ヨシタカ・アレックス』という名前が書かれていたそうです。 水野容疑者は、住友商事の業務で中東・イラクに駐在していました。帰国のタイミングで、日米地位協定に伴う刑事特別法違反容疑で逮捕。県警の外事第二課が捜査を担当しています。水野容疑者は調べに対して『米軍に憧れがあって、少しでもふれあいたくて基地に入った』などと話しているそうです」 逮捕直後の2月20日、住友商事はホームページで《当社社員の逮捕について》と題し、《当社はこの事態を重く受け止め、事態確認を進めて対処していくとともに、警察による捜査に全面的に協力してまいります。皆さまに、ご心配、ご迷惑をおかけしておりますこと、深くお詫び申し上げます》などとコメントを公表した。 事件後、SNS上には、《スパイがスパイですって、自供するとは思えないけどね…》という声や、《彼は別班か》と、人気ドラマ「VIVANT」(TBS系)で、主人公が商社マンの身分に偽装した自衛隊の秘密組織「別班」を引き合いに出す投稿が広がり、さまざまな憶測が広がった。 それにしても日本を代表する総合商社に務めるエリート商社マンだった水野容疑者は、いったいなぜこのような犯行に及んだのか。 ■駐在員の間では評判だった人柄 事件が報じられた後、イラクの日本人コミュニティの間では、身分証の偽造に手を染めるような人物には思えない、という声が上がっていたという。 「長年イラクは政情が不安定で、かつテロなどのリスクもあり、日本の外務省が示す危険レベルも高い水準が続いています。そうした環境下での仕事はタフさが求められますが、水野容疑者はしっかり業務に向き合っていると評判でした。彼は自動車の輸出入に関わるチームにいて、イラクでの取引を担当していました。 人柄も実直で誠実、穏やかな人という印象がありますし、周囲もだいたいそういう認識だと思います。とても身分証の偽造という犯罪行為に及ぶような人には思えませんでした。 ただ一部でも報じられていましたが、米国で過ごした学生時代には、米軍の軍事教練を受けることで学費などが免除されるプログラムを受けていたとも聞いています。振り返ると住商でも熱心に防衛分野を志望していたそうですし、軍事オタクな一面もあったと思います」(イラク駐在員) やはり、“憧れ”がID偽造、基地への侵入という行為に駆り立ててしまったのか――。ある公安関係者も次のように明かす。 「以前から水野容疑者は米軍での生活をブログで発信したり、“ミリオタ”の一部には知られた存在だったそうです。私が聞いている範囲では、県警による捜査でも、取り立ててスパイの線は薄いという見立てになっているようでした。 そもそも、スパイとして情報を得るため、基地に侵入する必要はさほどありません。詳細は明かせませんが、情報を取る方法はいくらでもあります。何らかの工作を目的とした行為であっても、やり方としては“かなり雑”なのです。 またIDの偽造が露見した経緯からしても、とても訓練を受けた諜報機関の人間には思えません。公安が手がける事件のなかには、捜査員らがスパイ行為に気づいた時点で、すでに対象者が捜査の手が及ばない国に出国していた、というケースも少なくないのです」 だが、目下イラン攻撃を行っている米軍内にも、衝撃が広がっているという。外務省関係者はこう話す。 「在日米軍はイラン攻撃の主軸となっている中央軍とは管轄が異なるとはいえ、簡単にIDを偽造されてしまい、しかもその偽造IDを使用させているわけですから、国防総省内にも衝撃が走っていると聞きます。 また侵入された横須賀基地は、原子力空母が寄港・修理・補給ができる、米国の世界戦略からしても重要な拠点の一つとされています。一般人による侵入を許したことは、米軍の機密保持という観点からして好ましいことではないのです。全世界に展開する米軍が対策を強化することになりますが、それなりの時間を要することでしょう」 本当に動機が、エリート商社マンの“ミリオタ”が抱いた憧れだけだったのか。しかし事件の余波が、世界で展開する米軍に動揺を広げていたのだった。