「スパイ防止法」は市民監視法になる(7)戦争をする国家権力がつくりあげた「スパイ冤罪事件」

1941年(昭和16年)12月8日の対米英開戦と同時に、軍機保護法違反(軍事機密の探知とその漏泄〔漏洩〕)の容疑で、特高警察により逮捕状なしで北大関係者7人が検挙され、厳罰に処せられた「宮澤・レーン・スパイ冤罪事件」。それは防諜すなわちスパイ防止・取り締まりを名目に、国民監視・統制を強固にするための、見せしめとして捏造された冤罪事件だった。(吉田敏浩/写真はすべて筆者撮影)

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