※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年5月号からの転載です。 本読みの達人、ダ・ヴィンチBOOK Watchersがあらゆるジャンルの新刊本から選りすぐりの8冊をご紹介。あなたの気になる一冊はどれですか。 イラスト=千野エー [読得指数]★★★★★ この本を読んで味わえる気分、およびオトクなポイント。 本間 悠 ほんま・はるか●1979年生まれ、佐賀市在住。書店店長。明林堂書店南佐賀店やうなぎBOOKSで勤務し、現在は佐賀之書店の店長を務める。バラエティ書店員として書評執筆やラジオパーソナリティなどマルチに活躍の幅を広げている。 「わかりやすさ」を追求するシン・お仕事小説! ごみの収集場所で、はたまたアパートの掲示板で。A4ペラ一枚にまとめられたごみ出し方法の注意書きや、「何月何日の何時から電気工事が実施されて停電します」などの案内文を目にしたことがあるだろう。本書はそんなお知らせやマニュアルの類を制作する専門職、テクニカルライターの仕事に焦点を当てたお仕事小説だ。 全くの未経験者ながら、この仕事に“沼落ち”していく主人公・咲良はじめ、登場人物たちが仕事に情熱を傾けている様がとにかく心地よく、読んでいるこちらの背筋も伸びる。彼らが苦心しながら「どうすれば伝わるか」を解明する過程が、まるで教材のように作例つきで紹介されるので、自分だったらどこをどう直すだろうとつい一緒に考えてしまうだろう。 今やこの手の説明書きはAIに任せてしまうことも多いのではないか。人が人のために書く文章の力についても、改めて考えさせられる快作だ。 文芸/小説 私も上手に説明したい!度 ★★★★★ 破天荒な警官像に仰天! 執念が交錯する警察小説 競輪場でギャンブルを楽しむ。すれ違いざまに肩がぶつかり、絡んできたチンピラをボコボコに伸してしまう……冒頭からとんでもない素行の悪さを見せてくれる警察官・竜さんに心をがっちり掴まれてしまった『沈黙と爆弾』は、第4回警察小説新人賞の受賞作だ。熊本を舞台に、とある爆発事件に巻き込まれた警察官・澤守(竜さん)と、彼が起こしたとされる非違事案の調査を、監察官・阿玉の視点で描く。 警察組織といえど、それぞれにバックグラウンドを持った“人”の集団。阿玉には震災をきっかけに失声症となった小学生の息子がおり、息子には「公園で野良猫を殺していた」という疑惑がかけられる。登場人物たちの思惑と、事件の真相が複雑に交差し、一体どこに着地するんだとハラハラしながらページを捲った。各部署の人々それぞれの矜持と意地がぶつかり合い、そして父と子の愛が心揺さぶる激熱本! 作者の二作目以降も楽しみだ。 文芸/小説 真相、スッッッキリします度 ★★★★★ 渡辺祐真 わたなべ・すけざね●1992年生まれ、東京都出身。2021年から文筆家、書評家、書評系YouTuberとして活動。ラジオなどの各種メディア出演、トークイベント、書店でのブックフェアなども手掛ける。著書に『物語のカギ』がある。 語りえないことについては沈黙せねばならないとは? 今年1月、「すごい古典入門」というシリーズが創刊された。各巻100ページくらいで、有名古典を第一人者が解説するというもの。作品のコアの部分に的を絞って、思い切った解説を施してくれており、短く分かりやすい。 本書のテーマはウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』。彼は哲学を終わらせた哲学者などと言われ、解説書の類も膨大だ。しかし私にはそれですら難しかった。中でも「語りえないことについては沈黙せねばならない」という末尾の文章は有名だが、その分、誤解が少なくないらしい。本書によればこの言葉は、過剰な言語化や知ったかぶりを戒めているのではないことが分かる。何かを語るには、語る自分や基盤となる世界が必要だが、そうしたフレーム自体を語ることは無意味であるという、言葉の限界を示しているのだ。 本書は内容だけではなく、思考を辿る楽しさも詰まっている。ぜひ古典に入門しよう。 人文/哲学 難解な哲学と仲良くなれる度 ★★★★★ 滅びゆく浪人と予備校文化をたどる 浪人生が減っている。ピーク時に比べて現在は三分の一程度。人口の減少、現役志向の高まりなどから、もっと減るだろう。そしてその学び舎である予備校も減っていく。だが、私は予備校が大好きだ! 予備校は減るだろうが、その記録は残ってほしい。知的で面白く、重要な文化施設だからだ。 本書は貴重な予備校史についての書籍。古くは明治時代にまで遡り、新しくは最近の東進ハイスクールや武田塾まで網羅する。予備校はエリート養成の手助けを陰に陽に行ってきた訳だから、文化の何割かを形成し、予備校自体が文化だったと言っても過言ではない。実際、私自身も浪人しているが、浪人時代に通った駿台予備学校で出会った講師の言葉によって、学問や読書に目覚めた。予備校がなければ、今の私はない。本書を通して、浪人経験者は懐かしみ、未経験者はなぜこんなにも予備校の話題は暑苦しいのか、ぜひ体感してほしい。 論考/教育 いつ読むか?今でしょ度 ★★★★★ 前田裕太 まえだ・ゆうた●1992年生まれ、神奈川県出身。芸人。高岸宏行とともにお笑いコンビ・ティモンディを結成。数々のバラエティ番組に出演し活躍。著書に『自意識のラストダンス』がある。 真正面からぶつかる熱の青春小説 本作は90年代の色褪せた青春の匂いがする自伝的小説である。 話の中心はアメフトなのだけれど、文章から吹っ飛ばされたり殴られたりする痛みが鮮明に伝わってくる。また本作は主人公のアリと倫理の岩崎先生との間で交わされる実存主義や緊張などについての会話や、アリの内面における哲学的な禅問答によって話の深みが増している。 部活を引退し、再起してアメフトと再び向き合う主人公の様は泥臭く、疾走感もありながら、読んでいるだけで不器用な熱さをぶつけられる。真面目にもなりきれず、悪ぶってみても染まりきれない姿からは著者の面影も感じることができるので、著者のファンの方はより楽しく読めるだろう。 この小説にはアメフト用語が多いけれど、ルールが多少分からなくとも状況が理解できるので安心して読んでいただきたい。 文芸/小説 読後爽快感度 ★★★★★ 人間であることの愚かさと美しさが詰まった一作 作者自身の感じてきた人付き合いの不全感や割り切れない感情を読者に投げつけるような長編小説である。 主人公の岡田には自堕落な友人である横井がいるのだけれど、進むにつれて岡田も気付けばとんでもない状況に陥っていく。そもそも被害者だった自分が幾つもの選択の繰り返しで気がつくと加害者へと変わっていく。物事が悪い方に進んだときの恐ろしさを感じた。 スピード感のあるシリアスドラマだが、笑える内容も盛り込まれていてコメディ要素もあるため、笑いながら読み進められた。途中、読むのが辛くなる瞬間があるが、それでも読み進めてしまうのは、流石の筆力であると思う。 個人的には、高校で起きた悲劇について全校集会で校長が話をしている時に「校長みたいな教頭が、次期校長は自分であるというような神妙な顔で立っていた」というところが、好きな表現だった。 文芸/小説 人間の汚い内面を見れる度 ★★★★★ 村井理子 むらい・りこ●1970年生まれ、静岡県出身。翻訳家、エッセイスト。著書に『村井さんちの生活』『兄の終い』『ある翻訳家の取り憑かれた日常』など。訳書としては『ゼロからトースターを作ってみた結果』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』ほか。 おもろうて、やがて悲しき男と女 アニータ・アルバラードと聞いて、あの事件かと思い出す人は多いかもしれない。青森県住宅供給公社を舞台にした巨額横領事件だ。発覚した2001年当時のワイドショーは、彼女の強烈なキャラ一色に染まっていた。元職員千田郁司が14億円を超える金を横領し、そのうち8億円をチリにいるアニータに送金していたこの事件で、千田の妻アニータは日本だけではなくチリでも有名人になった。一方、横領の罪で逮捕された千田は懲役14年の判決を言い渡される。2007年千田が服役していた山形警察署にマスコミを引き連れてアニータが面会にやってくる。千田は会わなかったが手紙を出した。アニータからの返信も本書には掲載されている。この手紙のやりとりが、二人の当事者意識の希薄さを物語る。私が想像していた事件概要とはまったく違う、二人の男女の数奇な人生の物語。悲しくて、滑稽。素晴らしいノンフィクションだと感じた。 文芸/ノンフィクション 数奇な運命度 ★★★★★ 答えが見つからない問い 2024年12月に公開されると大きな話題を呼び、ドキュメンタリー映画としては異例の大ヒットを記録した『どうすればよかったか?』の藤野知明監督が、映画には盛り込むことのできなかった家族とのエピソードをまとめた一冊。統合失調症を発症した姉と、精神科の医療から姉を遠ざけ続けた両親。姉は発症後、何十年も家に閉じこもる生活を続けていた。そんな状況に疑問を抱いた弟である監督は、家族の日常の様子を撮影し始める。なぜ姉を一日も早く医療に結びつけることができなかったのか、両親は何を考えていたのかを、本書は丁寧に描いている。発症から25年という年月が経過し、ようやく精神科に入院した姉が驚くほど回復してからの生活についての記述は、時に重く、悲しかった。掲載された家族写真の姉の真っ直ぐな視線に涙した。家族とはこんなにも難しい。本当にどうすればよかったのか。深く考えさせられる一冊だった。 文芸/ノンフィクション 家族を考える度 ★★★★★