元組長から俳優へ転身 異色の名優・安藤昇の軌跡と魅力を「掟」シリーズ3作品から追う

日本の映画史において、類を見ない経歴を持つ俳優・安藤昇。特攻隊員から生還した彼は戦後の混乱期に安藤組を結成し、後に組を解散して映画界へ飛び込むこととなる。裏社会の現実を知る男にしか出せない空気が漂う名作たちは、令和のいまも独特の鋭さを持って観る者の心を打つ。代表作「掟」シリーズから、いま再び“二度と現れない”名優・安藤の足跡をたどる。 ■異端の映画スター・安藤昇の誕生 安藤昇の人生は、映画そのものと言っても過言ではない。学生時代に特攻隊へ志願した彼は、出撃直前に終戦を迎えて復員。死を覚悟した状態から生還したことで、彼独自の死生観が形成された。 戦後の荒廃した東京で彼は、愚連隊を束ねて巨大な組織を作り上げることに。夜の街で名を馳せた安藤組だったが、激しい抗争の果てに逮捕された安藤は服役後に大きな決断を下す。1964年に組を自らの手で解散し、その直後に自らの手記を原作とした映画で主演デビューを果たしたのだ。 元組長が“自らを演じる”という前代未聞の企画は、当時の映画界に多大な衝撃を与えた。それが自らの半生を描いた自叙伝的デビュー作「血と掟」。彼の鋭い眼光と醸し出す迫力は、作られた演技では到達できない領域にあった。圧倒的なリアリティーと裏社会の人間が持つ虚無感こそが、彼を映画スターに押し上げた最大の要因と言えるだろう。 1965年に公開された「血と掟」は、安藤の役者としての原点となる作品でもある。監督は湯浅浪男が務め、安藤自身の波乱に満ちた自叙伝をもとにした物語。特攻隊からの復員に始まり、安藤組の結成から解散に至るまでの日々が生々しく描いている。 劇中で安藤は、インテリヤクザと呼ばれた自身の若き日々を熱演。丹波哲郎をはじめとする日本映画界を代表するキャストが脇を固め、凄惨な裏の世界をリアルに映し出した。 一度は特攻隊員として死を覚悟した過去を持つからか、安藤は常に“危険な香り”をまとう。“想像するしかない”世代の俳優が演じるアウトロー像とは一線を画す凄味が、フィルムに焼き付けられている。 ■俳優としての実力を積んでいく「掟」シリーズ 「血と掟」の同年に公開された第二作「ヤサぐれの掟」は、安藤の俳優としての新たな一面を示す作品となった。本作は前作に続いてメガホンを取った湯浅浪男が脚本も担当し、過酷な裏社会の世界観を見事に作り上げた。 高宮敬二や藤岡弘、といった俳優陣が出演し、骨太なアクションが展開される同作。安藤昇はこの作品においても、社会の裏側で泥臭く生きる男の悲哀を体現してみせる。 前作が自伝的な色彩を強く帯びていたのに対し、本作はよりエンターテインメント性を高めた構成に変化。というのも本作における主役は高宮であり、テーマも“非行少女たちの破滅”となっている。安藤もヤクザではなく歌手・ヘンリー奥田という“目撃役”に留まり、演技からも“力み”が抜けて洗練された印象に。 一歩ずつ俳優としてのステップを踏んでいく安藤が、再び原作・企画という立場で映画制作に携わったのが三作目「逃亡と掟」だ。1965年11月に公開された同作で安藤が演じたのは、組長の仇を討つために敵対組織の組長を討ち取り、海外に逃亡していたヤクザ・南洋一郎だった。 妹の訃報を聞きつけて弔いのために函館に戻った南は、妹が何者かに殺されたことを知る。ヤクザの非情さ、復讐と愛憎の連鎖、刹那的で取り返しのつかない選択の連続が紡ぐ悲劇。重厚なストーリーを、水島道太郎や渡辺文雄といった俳優陣とともに作り上げている。 ■晩年まで映画制作に携わった名優の魂 安藤昇はその後もさまざまなヤクザ映画に出演し、さらに原案や企画を担当して「安藤組」シリーズなどを手掛けた。だがそのなかでも、安藤昇という特異な俳優を世に送り出した「掟」シリーズ3作品は日本映画史において特異な光を放つ。彼がスクリーンで体現したのは、死と隣り合わせの日常を生き抜いた男の呼吸そのものだ。 彼自身の壮絶な過去が、演じる役柄に説得力を吹き込む。彼は用意された架空のアウトローを演じたのではなく、自らの生き様をそのままフィルムに刻み込んだ。その暗く淀んだ瞳の奥に宿る悲哀は、現代の作品では決して再現できないものと言える。 CS放送「衛星劇場」は5月の特集として、「安藤昇 生誕100年記念特集」を実施。「血と掟」(5月6日[水]朝8:30ほか)「ヤサぐれの掟」(5月8日[金]夜8:15ほか)「逃亡と掟」(5月15日[金]夜8:15ほか)の3作品をテレビ初放送する。 「血と掟」「ヤサぐれの掟」「逃亡と掟」は、単なる映画の枠には収まらない時代の記録だ。2015年に89歳で没した安藤だが、2004年まで映画製作に携わっていた生粋のクリエイターでもある。これからの芸能界にはもう現れない特異な経歴を持った名優の魂を、我々はこれからも語り継いでいくべきではないだろうか。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする