故勝新太郎さんの妻で、映画やドラマ、バラエティー番組で親しまれた女優の中村玉緒(なかむら・たまお、本名・奥村玉緒=おくむら・たまお)さんが9日午後3時52分、肺炎のため東京都内の介護施設で死去した。86歳。京都市出身。勝プロダクションの倒産、勝さんの薬物逮捕と波瀾(はらん)万丈だった人生。「もう一度生まれ変わっても勝新太郎と結婚したい」というほど愛した夫の元へ、静かに旅立った。 太陽のようにお茶の間を照らした玉緒さんがこの世を去った。玉緒さんは2023年2月に名古屋で背骨を圧迫骨折し救急搬送された。関係者によると当時「命に関わるような状態だった」というが、懸命のリハビリなどで回復を遂げた。都内の介護施設に入居し、テレビを見たり、友人とみられる女性が定期的に訪れるなど、穏やかな日々を送っていた。昨年3月には救急搬送されて入院し、施設と病院を行き来する中、「先月末から食欲がなくなっていた」という。 上方歌舞伎の名門一家に生まれ、父の二代目中村鴈治郎、兄の四代目坂田藤十郎はともに人間国宝。ただ、芸能界入りのきっかけはスカウト。脇役として存在感を示し、時代劇で純情な娘役を多く演じた。 今は亡き夫、勝新太郎さんを最後まで愛した人生だった。 本格的な共演作となった60年の「不知火検校」撮影中、勝さんから猛アプローチを受けた。当初はその気はなかったが、62年3月に結婚した。 勝さんは自ら事務所「勝プロダクション」を創設しテレビドラマなどを制作していたが、81年、12億円もの借金を抱え倒産。借金は最終的に14億円に膨れ上がり、玉緒さんは「2人で頑張ってお返しする」と、ナイトクラブの歌手、着物のデザインなど女優以外の仕事にも手を広げた。93年には明石家さんま(70)に見込まれてバラエティー番組に進出。さんまには「お母さん」と呼ばれ、ユニークなキャラクターがウケて各局番組に引っ張りだこになった。 玉緒さんの活躍もあって借金は20年ほどで完済したというが、苦難は続いた。90年1月、勝さんが下着にコカインなどを隠し持っていたとして米ハワイで現行犯逮捕される“パンツ事件”が発生。出演していた東京・新宿コマ劇場で謝罪会見し「申し訳ございません」と頭を下げた。 トラブルのたびに離婚説が浮上したが「別れません」と言い続け、豪快な夫の不始末をわび続けた。 96年には勝さんが咽頭がんを公表。会見でたばこを吸ってみせるなど相変わらず破天荒な夫の闘病生活も、仕事をこなしながら献身的に支えた。しかし、97年6月に勝さんは帰らぬ人に。傷心で泣き崩れたという。玉緒さんは葬儀と初七日の法要を終えた会見で「生まれ変わっても勝新太郎と結婚したい」と笑顔で言い切った。 勝さんとの別れを経ても、芸能界の第一線で活躍。十七回忌の法要では報道陣から「愛してる」と言ってほしいと求められた玉緒さん。「向こう行ってから言う」と両手で顔を覆って頬を赤らめた。荒波の中で人生を全うし、勝さんの元へ旅立った。 中村 玉緒(なかむら・たまお)1939年(昭14)7月12日生まれ、京都市出身。中学2年時に本名の林玉緒で映画「景子と雪江」に初出演。大映では「ぼんち」「大菩薩峠」などに出演。この2作で第11回ブルーリボン賞(60年)助演女優賞。テレビではNHK大河ドラマ「新・平家物語」「武蔵 MUSASHI」など。11年から京都名誉観光大使。YouTubeチャンネル「中村玉緒の今日のことは今日で忘れる」でも活動を発信。血液型O。 ≪玉緒さんの波瀾万丈アラカルト≫ ▽「離婚の意思ない」 1971年、酔った勝さんがマスコミに一方的に離婚宣言も「夫婦げんかで離婚の意思は持っておりません」ときっぱり ▽夫のアヘン所持 78年、勝さんがアヘン所持で書類送検される(のちに不起訴)。フジテレビの時代劇「新・座頭市」が放送中止に追い込まれるなど勝さんの「勝プロダクション」の経営に打撃 ▽倒産と借金 81年「勝プロダクション」が14億円の借金を抱え倒産。作品の予算オーバーや銀座に開いたバーの経営不振などで負債が膨らんだが玉緒さんは「2人で頑張って早くお返ししたい」 ▽息子の逮捕 82、84年に長男が大麻所持で逮捕 ▽撮影現場での悲劇 88年、勝さんの製作・監督・脚本・主演映画「座頭市」の撮影中に、長男が斬られ役の役者を誤って真剣で斬りつけ、死亡させてしまう。玉緒さんは亡くなった役者の通夜に駆けつけた ▽夫の逮捕 90年、勝さんがマリフアナとコカインを所持していたとして米ハワイの空港で現行犯逮捕。下着に薬物を入れていた勝さんは会見で「もうパンツははかない」。その後、帰国した日本でも逮捕され、玉緒さんも証人として公判に出廷した