ペルーの「独裁者の娘」フジモリ氏、4度目の挑戦で大統領当選…わずか0.27p差

ペルーの「独裁者の娘」で「民衆の力」党のケイコ・フジモリ候補(51)が、4度目の出馬となった大統領選で劇的な勝利を収めた。 29日(現地時間)、ペルー選挙管理委員会(ONPE)のウェブサイトによると、7日に実施された大統領選投票で、フジモリ氏は50.135%を得票し、左派「共にペルー」党のロベルト・サンチェス候補(57)の49.865%を上回り、当選した。両候補の得票差はわずか0.27ポイント(4万9641票)だった。 フジモリ氏は7月28日、任期5年で就任する予定。フジモリ氏はペルー選挙管理委員会による発表直後、SNSのXに「ペルー国民のために、秩序と希望の道を切り開く日がますます近づいている」と投稿した。 今回の勝利で、フジモリ氏はペルーの歴史上、選挙で選出された初の女性大統領になる見込みだ。ディナ・ボルアルテ元大統領が、前大統領の弾劾を受けて初の女性大統領に就任したことはあるが、選挙を通じて女性が当選したのは今回が初めて。 フジモリ氏は今回の選挙で、強力な治安対策や民間投資促進、官僚主義の縮小など、市場重視の経済政策を掲げ、保守派有権者の支持を得た。特に、エルサルバドル式の超巨大刑務所の建設、凶悪犯罪を犯した不法移民の即時追放など、強硬策を公約に掲げた。「公共の秩序」を強調して反乱軍を鎮圧するなど、大衆的支持を得た父親の遺産を今回の公約に取り込んだかたちだ。フジモリ氏は選挙期間中、「父のように私も犯罪に対抗する勇気がある」と明言した。 フジモリ氏は政治的に失敗した人物だと評されていた。過去に出馬した2011年、2016年、2021年の3回の大統領選でいずれも敗北したためだ。 その度重なる失敗も今回の当選も、皮肉なことに、いずれも父親に端を発している。日系ペルー人のアルベルト・フジモリ元大統領は1990~2000年の在任期間中、反乱軍ゲリラを鎮圧し、ハイパーインフレを収束させるなどして、高い人気を得た。しかし、野党弾圧や権力乱用、腐敗など、典型的な独裁者の側面も露呈した。2000年に3回目の当選をはたしたが、国家情報局顧問による野党議員買収事件に関与して辞任した。その後、民間人虐殺に関わった特殊部隊の活動を承認した容疑で、2009年に25年の刑を宣告されて服役し、2023年に恩赦を受け、翌年がんで死亡した。 「フジモリ」という名は、娘に政治的遺産をもたらした。フジモリ氏は1994年、19歳のときから離婚した父親のそばで、事実上のファースト・レディーの役割を代行し、大衆的支持を得た。これについて韓国では、朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領と朴槿恵(パク・クネ)元大統領の父娘と比較されたりもした。フジモリ氏は2005年、父親であるフジモリ元大統領がインターポールに逮捕された後、形成された同情的な世論によって、2006年(当時31歳)に政党代表に就任し、政治的地位を固めた。 しかし、父親の遺産は一方でフジモリ氏の足かせにもなった。鉄拳統治などのフジモリ元大統領に対する暗い記憶があるペルー人は、「独裁者の娘」であるフジモリ氏に票を入れず、結局、3回の大統領選で敗北した。 ペルーは2016年以降、実に9人の大統領が交代するなど、慢性的な政治的混乱に陥っている。フジモリ氏はこの10年間で10人目の大統領となる。今回の選挙も僅差で決着したことから、ペルーの政治的両極化がさらに深まるのではないかという懸念も出ている。 クァク・ジンサン記者 (お問い合わせ [email protected] )

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする