2年7カ月逃走の市橋受刑者、暴力団幹部の金被告…逃走犯の逮捕のきっかけの多くが「似た人物がいる」目撃情報の重要性

2017年、神戸市長田区の路上で暴力団のトップが乗った車が襲撃され、警護役の組員が拳銃で撃たれ死亡した事件で、兵庫県警は6月23日、重要指名手配容疑者として行方を追っていた神戸山口組系組員(当時)の菱川龍己容疑者(50)を山口県下松市内で逮捕した。 逮捕のきっかけとなったのは、「似た男がいる」との情報提供だった。過去の手配犯も、その多くが同じ入り口から捕まっている。 2007年、千葉県で英会話講師の女性を殺害し、遺体を埋め、公開手配となった市橋達也受刑者も、最終的にその顔が決め手となった。逃走期間は2年7か月。その間、大阪・西成で日雇いの仕事に就き、沖縄の無人島(オーハ島)では自給自足の生活を送るなどして逃げていた。顔を変える手術まで受けていたが、そこから足がついた。 重要指名手配犯で2024年2月、仙台で捕まった金成行被告も匿名の市民からの通報だった。仙台の集合住宅で一人でいるところを逮捕された。 こんなケースもあった。1970年代の連続企業爆破事件で指名手配された過激派のメンバー、桐島聡元容疑者だ。結末は自身の告白だった。末期がんの病床で医師に「最期は本名で迎えたい」と伝えた。その4日後に死亡した。逃走から49年、2024年1月のことだった。 2005年、東京・三鷹で居酒屋の副店長を殺害した重要指名手配の上地恵栄元容疑者は、事件の翌年には死亡していたとみられている。山中で見つかっていた遺体が鑑定技術の向上で18年後の2024年、本人と特定された。 女性を狙った暴行や強盗致傷などを繰り返し、勾留されていた大阪・富田林警察署から逃げた樋田淳也受刑者は、お遍路を装ったり、盗んだ自転車で「日本一周の旅」と称して逃げ、職務質問も切り抜けていた。最後は山口県内の道の駅で万引きした際、警備員に見つかり、本人と判明した。 逃げ続ける者の胸の内を、1万人以上の受刑者と向き合ってきた犯罪心理学者の出口保行氏が明かす。 「(犯人は)逃走している間に自分が逃走していることや、どんな事件をやったかを忘れることは1分たりともない。たとえそれが1日であれ1週間であれ10日であれ1カ月であれ、その期間の気が気じゃなさというのは半端じゃないプレッシャーになる」 出口氏によると、中にはあえて捕まりやすい行動に出る逃走犯もいるという。 「捕まえてほしいから、通報してほしいから。自分で自首するほどの度胸はないけど見つけてほしい、分かってほしいというようなことで、わざと交番の前を歩いてみたり、訳の分からないことをするやつがいっぱいいる」 (『ABEMA的ニュースショー』より)

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