「秋葉のように楽しくヤッてタヒ」無差別殺傷計画を直前で防いだ、秋葉原事件・加藤元死刑囚の友人が明かす…毛利容疑者(53)との“生々しいやり取り”

東京での無差別殺傷事件を計画し、ナイフを準備したとして、富山県滑川市の無職・毛利勝己容疑者(53)が殺人予備の疑いで逮捕された。逮捕のきっかけとなったのは、毛利容疑者からSNS上で相談を受けていた大友秀逸氏の通報だった。大友氏は、かつて日本を震撼させた「秋葉原無差別殺傷事件」の加藤智大元死刑囚の友人だ。 2003年、警備会社に勤務していた大友氏は、後に秋葉原無差別殺傷事件を起こす加藤智大元死刑囚と出会う。2008年の事件発生後、「事件を止められなかった」という深い悔恨の念から、加藤元死刑囚の「友人」として実名・顔出しでの活動を決意。2022年に死刑が執行された後も向き合いを続け、翌2023年からは保護司としての歩みをスタートさせた。今年6月、ABEMA的ニュースショーの秋葉原事件特集に出演したことをきっかけに、翌7月、放送を見た毛利容疑者から接触を受けることになる。 毛利容疑者と大友氏の間にはこんなやり取りがあった。 「最近生きるのにも疲れてきたんで、秋葉のように楽しくヤッてタヒ(死ぬ)もイイかと思うようになりました」(7月1日、毛利容疑者) 「東京に来るなら飯でも食いますか?」(大友氏、以下DMに移行) 「こちら(富山)を片して覚悟を決めて片道切符で行こうと思うんです」(毛利容疑者) 「これは犯罪を行うということでいいですか?」(大友氏) 「言及は差し控えさせてください」(毛利容疑者) 11日、大友氏が危険を察知し警察に通報、12日、毛利容疑者が自宅アパートで逮捕された。 SNSでの異変を見逃さず、警察に通報したことで最悪の事態は免れた。そんな大友氏が『ABEMA的ニュースショー』に出演し、毛利容疑者との間で交わされた生々しいやり取りや事件の裏側について語った。 ――顔出し・実名ということで、やはりいろいろな声があったのでは。 「そうですね。やはり反響が大きい。あと、3日ほど前も『ABEMA Prime』に出たが、ABEMAの後は非常に相談が多い。今回もまたそのうちの一つなのかなという部分で始めたのが、まさかこういうことになるというのは、やり取り始めた時は全然思わなかった」(以下、大友氏) ――毛利容疑者から「ABEMAを見ました」という連絡が来た? 「はい。それが7月1日の話で、逮捕が12日。本人を知る前は深くやり取りをして、未然に事件の芽を摘めればいいという思いでやり取りしていたのに、もしかしたら初めましての時点で花が咲いてしまっていたというか、芽吹いてしまっていたようなケースだった」 ――どういうやり取りだったのか。 「向こうから『ABEMA的ニュースショーを見た』というメールが7月1日に来て、『秋葉原の事件を起こすように、楽しくやって』みたいなことをみんなの目につく公の場所でやられるのはちょっと嫌だったので、『続けるならDMにしてください』と言った。数日したらDMにメールが来て、『生活状況が苦しいんだ』『イライラしているんだ』とか、そういう身の上話の中に、『7人ぐらいの命を奪って歴史に名を残したい』みたいな、完全に秋葉原無差別殺傷事件のようなコメントがあったので、愉快犯的な人なのか、本当に考えている人なのか分からないから、そこには触れずにやり取りを続けた」 ――1日あたりどのくらいのやり取りをしていたのか。 「2個くらいだから、逆に違和感ないというか。人によって40〜50通来る方もいるから、そこまで過激なことを言っているけど、文章もしっかりしているし、礼節はわきまえてる人だなという印象だった」 ――どのあたりから危険を感じたのか。 「やはり『片道切符で富山から東京に行きます』と来たから、なんだろう、急に言ってきたなと。その前段が秋葉原事件でってあるから、ジョークというか不謹慎なことをわざと言ってきているのか、本気なのかな?と思い始めて。確信したのは、実際に私が『事件を起こすつもりですか?』と聞いたら、『言及を差し控える』というコメントが返ってきて。今までやり取りした人は『絶対やってやる』と駅の名前や方法を述べる人か『ごめんなさい。やらないから通報しないでください』の0か100の対応がほとんどだったのに、要はどっちつかず。言及を避けるというのが今までで初めてのケースで、しかもその文章はしっかりやり取りできていた人だからこそ、これはちょっと確度の高いところでおこしそうだという感があったので、そのタイミングで通報した」 ――「覚悟を持って通報した」とのことだが、この覚悟とは。 「私は加藤智大という人間の友人として止められなかった。大事件が起きた。せめて自分が関わったことに関しては加害者を生みたくない。当然、加害者が生まれなきゃ被害者は生まれない。その信念のもとで行動した」 ――容疑者はどこかで止めてほしい気持ちもあったのか。それとも決意の表れだったのか。 「彼に関してはそういう人間関係を築いていって、内心どう思っているかというのをやり取りしていきたかったが、正直この期間で彼を知ることは当然できないから、私としてはまだ始まっていない話。例えば予備準備罪というのは最大で拘禁刑2年、社会的制裁がもうとっくに2年以上の大きな報道をされてしまって、彼の人生が間違いなく今より厳しいものになってしまった。 通報したことによってなったという責任は感じているので、まずは彼に会いたい。会った上で『てめえ、余計なことしてくれたな』なのか『止めてくれてありがとう』なのかは本人次第。そこで、可能なら一緒にやっていけることができれば、何かお手伝いできないかなと今動き始めている」 ――今回、容疑者は容疑を認めている。それを聞いた時はどう思ったのか。 「それも含めて、早いところ目を見て『どうなの?』と話はしたい。彼にとって影響のある報道がここまで過熱すると正直想像もしなかったので、まずは直接会って、字面で見るだけではどういうニュアンスで言っているか分からないから。『止められて良かった』と英雄的に扱ってくれる人はいるけど、それは全然違う」 ――容疑者は会ってくれると思うか。 「そこはこっちのエゴ。会って話したいはこっちの思いだけであって、向こうが『余計なことすんな』と会いたくないなら、それは当然できない。やっぱり『助けてくれ』と手を出してくれないと、こっちは握り返せないから。だから、今日も来たメールの子は『助けてくれ』だったけど、救われるのはあなただから僕は救えないよというやり取りをしている」 ――今回の件で、相談者との向き合い方に変化はあったのか。 「やっぱり『お前がチクったんだろ』という意見がだいぶ来ていて。だから、今後そういう相談が来なくなるんじゃないかという声も事実あったりはする。ただ相談は来ている。だいたいいきなり何かやるという相談はなく、『こんにちは』『初めまして』から普通に始まって、途中から『実は…』というケースもある。3日前のABEMAの後にメールが来た人の中でも、まだ初期の段階なので、今バタバタしているからもう少し落ち着いたらやりますかという人がいれば、もっと深く関わっていく」 ――活動の背景には、秋葉原事件を止められたかもしれないという思いが大きいのか。 「それも大きいし、あとは加藤の死刑執行日に被害者の方でやり取りがある方から泣き叫びながら電話をいただいたことがある。『なんでもっと早く執行してくれなかったんだ』と。止められなかった友人として、涙ながらにごめんなさいと詫びた経験がある。被害者の方の思い、感情を直接聞いているから、やっぱり加害者を見たくないという思いが芽生えて保護司になったこともあるので、そこはそういう風に生きていこうと」 (『ABEMA的ニュースショー』より)

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