6月1日、メキシコで全国の裁判官を選ぶ裁判官選挙が実施された。最高裁の9人の裁判官を含む、およそ2700もの裁判官のポスト(連邦や州などが管轄する国内ほぼすべての裁判官ポスト)が選挙の対象になった。 候補者の数はおよそ7700人。中には麻薬王エル・チャポ(ホアキン・グスマン)の弁護士や、麻薬の密輸で逮捕され、米連邦刑務所で5年間過ごした人物、未成年への性的虐待などで問題になっている宗教団体の関係者などもいる。これほどの規模で裁判官の選挙をした例は世界的にも類を見ない。 「選挙は成功だ」「メキシコは、国民の意志によって、より自由で公正で民主的な国へと成長しつつある」とシェインバウム大統領は語るが、本当にこのようなことをして良かったのか。このテーマに詳しいオーストラリアのウーロンゴン大学上級講師(専門は人権、憲法、法理論)のルイス・ゴメス・ロメロ氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト) ──なぜメキシコで裁判官の選挙をすることになったのでしょうか? ルイス・ゴメス・ロメロ氏(以下、ロメロ):その背景には、前政権から続く政権と司法との関係悪化があります。 メキシコの前大統領、アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(AMLO)氏はとても人気のある大統領でした。彼は現在でも人気があります。ちなみに、現在のクラウディア・シェインバウム大統領も同じ政党に所属しており、オブラドール氏はシェインバウム大統領の先輩であり、指導役のような関係です。 オブラドール政権は複数の点で最高裁と衝突しました。たとえば、電力会社の利権にまつわる問題です。 メキシコの民間電力会社がクリーンエナジーに投資した際に、オブラドール政権は国営電力公社(CFE)の特権を守るため、CFEを優遇しようとしました。ところが、メキシコの憲法は自由競争の精神を重んじており、2024年1月に最高裁はオブラドール政権が進める電力産業法改正は違憲だと判断しました。 最高裁は、電力市場に関すること以外でも、オブラドール政権の複数の政策を否定しています。その姿勢に苛立ったオブラドール大統領は、憲法改正に言及したうえで司法制度改革を目論んだのです。 シェインバウム大統領はオブラドール政権が掲げた「第4次変革(※)」という方針を引き継いでおり、最高裁が改革の次の段階への移行を阻んでいると主張しています。 その後、2024年6月にオブラドール前大統領とシェインバウム大統領が所属する左派政党「国民再生運動(モレナ)」が議会の上下院選で多数の議席を獲得。憲法改正に必要な3分の2以上の議席を獲得したため、2024年9月、司法改革を成立させるための一連の憲法改正案を強行採決しました。 ※第4次変革:オブラドール政権が打ち出した政権の方向性。メキシコの歴史において、第1次変革はメキシコ独立、第2次変革は19世紀末の改革、第3次変革は1910年のメキシコ革命であり、自分の改革は第4次変革にあたるとして、汚職撲滅、治安改善、社会政策、地域開発などに重点を置く政策を掲げた。司法制度改革もこの一環に位置づけられている。 ──およそ2700人もの裁判官が選出されたと報じられています。このような規模の選挙は、かなり手間がかかると思います。相当な混乱があったのではありませんか?