息子と思い込んでいた電話口の男は、赤の他人だった。4月に特殊詐欺の被害に遭いかけた広島県三原市の70代女性は金融機関の説得で架空のストーリーに気づき、警察の「だまされたふり作戦」に協力。連携プレーが被害を水際で防ぎ、「闇バイト」に加担した実行役の逮捕につながった。 「母さん、何とかならないか」。4月15日朝、70代女性の携帯電話が鳴った。広島県外に住む長男を名乗る男は、不倫を巡るトラブルで示談金300万円が必要だと打ち明けてきた。前日夜に男から自宅の固定電話に「携帯が故障した」と電話があり、代わりの携帯番号を伝えられた。唐突な告白に頭が真っ白になった女性は、もみじ銀行三原支店(三原市)へ急いだ。 窓口で応対した行員は出金の理由を女性から聞くと、すぐに詐欺を疑った。「最初は理由も話そうとしなかった。寄り添うように声をかけて説得した」と支店長代理●の大迫真希さん。女性の携帯電話で以前の長男の番号にかけて、うその話であることを突き止めた。 女性がわれに返った後も、男から出金をせかす電話はひっきりなしに続いた。通報で駆けつけた三原署員が女性に捜査への協力を依頼。だまされたふり作戦が始まった。 男が現金の受け渡し場所に指定したのは、JR広島駅(広島市南区)。新幹線で到着すると、男は電話で行き先を矢賀駅(東区)に変え、「菓子の紙袋に現金入りの封筒を入れて、代理のササキに渡して」と指示してきた。捜査員は安全を最優先に、女性と距離を取りながら同行し、対応をアドバイスした。 矢賀駅近くの路上に現れたのは、ササキを名乗り、おどおどした様子の若い男。女性が袋を渡すと、近くで待機していた捜査員が取り押さえた。三原署によると、詐欺未遂容疑で現行犯逮捕した「受け子」は、大阪市の18歳だった。交流サイト(SNS)で闇バイトに応募していたという。 女性は「大切な老後の資金。本当に助かった」と、銀行と警察への感謝を口にする。特殊詐欺の手口は見聞きしていた。最初の電話で声に違和感も覚えたが、長男の名前を出されたため信じてしまった。「手口は巧妙で冷静でいられない。まさかだまされるとは…」 この同じ日、三原市内では同様の電話で80代女性が300万円をだまし取られる被害が発生した。同署などは5月18日、愛知県の18歳の受け子を詐欺容疑で逮捕。同じ指示役が2人の受け子にそれぞれ指示を出していた可能性もあるとみている。