横浜流星、「流浪の月」から「べらぼう」「国宝」へ“役を生きる”中で見せる笑顔と涙が胸を震わせる

李相日監督の映画「国宝」が大ヒット上映中だ。公開から約1カ月半。映画の“おとも”としておなじみのポップコーンを食べ残してしまうほど集中する、リピートすることを「2宝目」「3宝目」と呼ぶなど、いくつもの逸話ができるほどに、ブームともいえる勢いが今なお続く。その世界を主演の吉沢亮と対をなすように作り上げた俳優・横浜流星。李監督とは「流浪の月」(2022年)に続く2度目のタッグだが、それ以降に飛躍した彼の魅力を掘り下げてみたい。(以下、作品のネタバレを含みます) ■「流浪の月」で心が壊れていく男性を演じ、新境地を見せる 「役を生きる」。横浜が幾度となくテレビや雑誌のインタビューで口にする言葉だ。さまざまな作品でテレビ画面やスクリーンの中に映る横浜は、そうして築き上げられたキャラクターとなる。 李監督の映画「流浪の月」は、横浜が「一つ上の景色を見せてもらえた」と明かす大切な作品の一つ。凪良ゆうのベストセラー小説を広瀬すずと松坂桃李のW主演で映像化し、女児誘拐事件の被害者と加害者が15年後に再会を遂げる物語。ただ、被害者と加害者というのは外から見た関係で、2人の中に真実がある。 横浜の役は、広瀬が演じる10歳のときに“誘拐された”更紗の恋人・亮。上場企業のエリートで、更紗の過去は知った上で結婚も考えて更紗を深く愛している。だが、それゆえにかすかな変化を感じ取り、15年前の“加害者”である文(松坂)と会っていると知ると、心の均衡を失っていく。 「おかえり」と迎えてくれる更紗に向ける、あふれんばかりの笑顔。その笑顔がたまらなくいとしかったことで、後半の理性を失い、暴力的になり、そんな自分を後悔して流す涙に心がギュッとなる。 横浜は同作の完成披露試写会に登壇した際、当初「自分の中に亮の要素がないと思っていました」と明かした。幼いときから空手を習い、「人に弱みを見せるな、涙を見せるな、男はこういうべきだと叩き込まれてきた」横浜にとって、人に甘えたり、自分を見失うとはどういうことかを理解しなければならなかった。 広瀬との距離感を感じた監督から、リハーサルで「膝枕」をしてもらうようにとの助言があったといい、そうした中で亮という人物の思いをつかみ、チャレンジであった役を生きぬいた。あの笑顔も涙も、横浜が亮を生きた証。「横浜流星の新境地」、そんな声も上がった。 ■多彩な作品で多彩な役を生きる その後、大企業の御曹司に扮(ふん)した「アキラとあきら」、水墨画に魅了される大学生の「線は、僕を描く」(以上2022年)、山間の小さな村を舞台にしたサスペンス「ヴィレッジ」、ボクサー役に挑戦した「春に散る」(以上2023年)などの主演映画に、ドラマ、舞台と八面六臂の活躍。 「線は、僕を描く」で水墨画を練習し、「春に散る」でプロボクサーのテストに合格するほどに作りこんだと聞けば、老婆心ながら体を休める日はあるのだろうかと思うラインナップの多さ。 その多彩な役を生きて、見る者を楽しませてくれる中で、また大きな転機を迎える。 ■5つの顔を持つ逃亡犯を演じ、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞 2024年11月に劇場公開された映画「正体」。染井為人による同名小説を原作に、横浜にとって盟友といえる藤井道人監督が手掛けた極上のサスペンス。主演した横浜は、5つの顔を持つ逃亡犯・鏑木慶一に挑んだ。 ぼさぼさの髪とひげで、うつむきがちな日雇い労働者。仕事ぶりを認められるwebライター。帽子とマスクで顔を覆った水産加工工場での労働者。誠実そうな介護施設の職員。そして、逮捕される前の真面目そうな高校生。 ある目的のため、各地を転々とするわけだが、その中でライター時代に居候させてももらっていた編集者の沙耶香(吉岡里帆)の家でのシーンが特に印象に残る。慶一の正体を悟った沙耶香が「信じている」と言ったときの、驚きに満ちた表情と、みるみる瞳にたまっていく涙。実は沙耶香はそれ以前にも「信じる」と慶一に対して言ったことがあり、このときと意味合いは違うものの、そこでもポロリと涙をこぼした慶一。どれだけ彼が「信じる」という言葉を欲していたのかが伝わる表現だった。「信じる」は本作において重要なテーマなのである。 5つの顔を持つ難役を見事に生きた横浜は、第48回日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞に輝いた。授賞式で「自分は、本当に芝居はうまくないですし、人間としても遊びがなく、頑固でつまらない人間です」と自己分析しつつ、「それを誰よりも分かっているから、毎日芝居のことを考え、大げさかもしれないんですけれど、本気で身命を賭す覚悟で向き合っています。その向き合いが少し認めていただけたような気がして、励みになりました」とコメントした。 芝居に向き合い、役を生きる横浜は、さらなる高みへと向かう。 ■大河ドラマ「べらぼう」と映画「国宝」 2025年は、主人公という大役を射止めた大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華華乃夢噺~」(NHK総合ほか)で始まった。数々の浮世絵師や戯作者らを世に送り出し、“江戸のメディア王”と称された蔦屋重三郎。 “人たらし”と評される蔦重は、人を引き付ける笑顔を繰り出し、それが視聴者の心もとらえている。また逆に、難題に立ち向かうときのあえて口角を上げた笑みも魅惑的だ。 その演技の中でふと感じたのが、着物の着こなしや裾さばきをはじめ、時代劇の所作の美しさ。見た目だけでは補えないこの美しさは、この時代を生きていた蔦重という人物に深みを与える。1年間という長きに渡って1人の人物の生きざまを見せる大河ドラマ。細かなところまで行き届いている演技が役に説得力を持たせる。 あぁ、これも役と向き合った結果なのだと思っていると、映画「片思い世界」に続いて公開となった「国宝」でハッとさせられた。歌舞伎役者として舞台に立つときの所作が、すきもないほどに美しいのだ。 撮影スケジュールとしては「国宝」が先だろう。「国宝」の準備に1年ほどかけたというから、きっと糧となっているはず。経験で積み重ねられていく演技力が魅力となっていく。 ■映画「国宝」の役と横浜自身の思いが呼応 さて、その「国宝」。歌舞伎役者を演じ、歌舞伎の演目、踊りを見事に再現したということは、評判のとおりなので、別のところから魅力を探ってみたい。 物語は、吉田修一氏の小説を原作に、任侠一家に生まれた主人公・喜久雄(吉沢亮)が歌舞伎役者の家に引き取られ、芸の道に人生をささげた50年を描く。横浜は、喜久雄が引き取られた歌舞伎の名門の御曹司・俊介を演じる。 李相日監督と初めて仕事した「流浪の月」の撮影に入る前、役者として「本物になりたい」ともがいていたという横浜は、同作以降「少しだけ自分に自信を持てた」と話している。ここで「国宝」をご覧になった方は、「本物」に反応されることだろう。そう、「国宝」の中で俊介は「本物の役者になりたい」と渇望するのだ。 ■歌舞伎役者の御曹司の光と影を見せる笑顔と涙 喜久雄を引き取った俊介の父で歌舞伎役者の花井半二郎(渡辺謙)が事故に遭い、間近に迫っていた舞台「曽根崎心中」の自身の代役に喜久雄を選んだ。歌舞伎の世界は世襲制と言われ、喜久雄よりも早く、大げさにいえば生まれ落ちたときから役者の道を歩むことが決まっていて稽古に励んできた俊介という血筋より、才を選んだのだ。 初日を迎えた喜久雄は、手が震えて化粧ができない。そんな姿を見た俊介は手伝ってやるのだが、喜久雄は言う。「守ってくれる血が俺にはないねん」「俊ぼんの血をゴクゴク飲みたい」。 俊介は一瞬息をのみつつ、気丈に励ました。「芸があるやないか」。 努めて穏やかに。本当の笑みとはいえない表情で。しかし、目にたまっていた涙があふれ出る…。 その後、舞台に立った喜久雄を見た俊介は、喜久雄が欲しがる血が流れていて自分以上に、喜久雄が放つ芸の才のすごみに打ちひしがれる。たまらず劇場を飛び出し、「本物の役者になりたい」とつぶやいた。 約3時間という長尺において、どのシーン1つとして見逃していいところなどないのがヒットしている完成度の高さであるのだが、それでも映画館の空気が変わったと感じた一連のシーンだ。 俊介が見せた笑顔と涙に、俊介の気持ちが痛いほどに込められていた。これだけでなく、関係者の陰口に自虐的な笑みを浮かべてもいたし、そんなマイナス面だけでなく、喜久雄と2人で挑んだ女形舞踊「二人道成寺」は、色気あふれる喜久雄に対して、口角をキュッとあげたことが俊介の可憐さを際立たせていた。 「本物の役者になりたい」と願った俊介は、しばらく歌舞伎の表舞台から離れていたが、あることをきっかけに戻る。そこを区切りに前半と後半と分けるとするならば、横浜の演技、顔つきがくっきりと違う。本作を制作・配給する東宝のYouTube公式チャンネルで李監督と対談した横浜は、「俊介は自分とは正反対」で「自分が本当に苦手とする人間」とまで言っているが、それでも前半“ぼんぼん”(御曹司)らしい愛らしさは尊かったし、後半の生きざまは胸に迫るものがあった。横浜の指先や口元の表現にまで張り巡らせた思いが俊介として成り立たせていた。 あの笑顔と涙を経て変わった俊介は、過酷な運命に見舞われてしまうのだが、そこでかつて父の代役ができなかった「曽根崎心中」に挑む。本作は絶妙に歌舞伎の演目と主人公たちのドラマが絡み合っている。「曽根崎心中」は遊女・お初と醤油屋の手代の物語で、“死の覚悟”がポイントになる。「本物の役者」を目指した歌舞伎役者の命の輝きをその演目に閉じ込めた俊介が見せる涙と笑顔は言葉にならないほど美しく切ない。 振り返れば、横浜の笑顔と涙の演技が今の真骨頂のように思える。役を生きる=真摯に役を理解して伝えることを担うものとして。 2026年には、「正体」の藤井監督と7度目のタッグを組み、「流浪の月」の原作者、凪良氏の「汝、星のごとく」を、広瀬すずとW主演した映画が公開される予定。横浜が原作にほれ込み、映画化を願っての実現だという。横浜が役を生き、息を吹き込んでくれるのが楽しみだ。 ◆文=ザテレビジョンシネマ部

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