「性的暴力の被害者として保護されるべきだったチェ・マルジャさんに、計り知れない苦痛と悲しみを与えてしまった。被告人(チェさん)の行為は正当だ。被告人に対し正当防衛を認め、無罪を言い渡してほしい」--。23日午前11時、釜山地裁の352号法廷で、釜山地検公判部のチョン・ミョンウォン部長検事は、被告席に向かって頭を下げ「お詫びする」と話した。 この日、釜山地裁では、10代のころに自身に性的暴行を加えようとした男性の舌を噛み切ったことで有罪となったチェ・マルジャさん(78)の重傷害容疑事件の再審初公判が開かれた。チョン部長検事は「チェさんに無罪を言い渡してほしい」と裁判所に求めた。検察の公判部長が自ら法廷に立ち、審問もなしに無罪を求刑するのは異例のことだ。 事件の発端は1964年5月6日、慶尚南道金海郡(キョンサンナムド・キムヘグン、現在の金海市)で起きた。当時18歳だったチェさんは、自分に性的暴行を加えようとした男(当時21歳)の舌を噛み切った。男の舌は1.5センチ切断された。 チェさんはこの件で「重傷害の加害者」となった。捜査過程では「男と結婚しろ」などの侮辱的な言葉も聞かされたという。逮捕状も目にすることなく拘束されたとされる。裁判所はむしろ「被害者」である男の立場に注目し、「舌を噛み切り身体障害者の体にしたのは、正当防衛の程度を超えていた」と判断した。1965年1月、チェさんには懲役10月・執行猶予2年が言い渡された。法律を知らなかったため控訴すらできなかったという。 一方、男には強姦未遂の罪さえ適用されず、特殊住居侵入と特殊脅迫罪で、チェさんより軽い懲役6月・執行猶予2年が言い渡された。チェさんの事件はその後、刑法の教科書に「正当防衛が認められなかった代表的事例」として記録された。 この事件はチェさんの人生に深い傷を残した。しかし、その後、韓国放送通信大学などで学び、「ジェンダー暴力」の概念に目を開いたことで、不当な判決を正そうと決心した。性犯罪の被害を公にし、社会の変化を促す「(ミートゥー)」運動の風潮も、チェさんの背中を押した。証拠資料を集め、2020年5月、重傷害事件の再審を請求。事件発生から56年後のことだった。 1審・2審(釜山地裁・高裁)では、検察側による違法拘禁(令状の提示のない拘束)や自白強要に関する証拠がなく、正当防衛を認める新たな証拠も確認されなかったという理由で、請求は棄却された。 これに対し、最高裁第2部〔主審・呉経美(オ・ギョンミ)大法官〕は昨年12月、「(チェさんが)検察に約2カ月間、違法に逮捕・監禁された状態で取り調べを受けたとみなす余地が十分にある」として、原審判決を破棄し、事件を釜山高裁に差し戻した。当時の再審対象判決文や被収容者名簿などに対する裁判所の事実調査が必要だと判断したためだ。 無罪の求刑を受けて法廷を後にしたチェさんは、「たとえ今になったとしても、検察が過ちを認めたことで、大韓民国の正義は生きていると感じることができた。国民の皆さんの応援のおかげでここまで来られた」と語った。 法曹界では、9月10日の判決公判で無罪求刑が受け入れられるとの見方が優勢だ。法務法人パートワンのイ・ウォンハ代表弁護士は「性的暴力事件において正当防衛を限定的にしか認めてこなかった我が国の司法制度に対し、検察自らが反省を示した点が意義深い。性的暴力事件の被害者の防御権が実質的に保障される契機になるだろう」とコメントした。