俳優渡辺哲(75)がひとり芝居「カクエイはかく語りき」(8月23、24日に新潟・柏崎市文化会館、9月9~15日に東京・下北沢ザ・スズナリ)を上演する。今太閤と呼ばれ国民的人気を博しながら、ロッキード事件で刑事被告人となり、1993年(平5)に75歳で亡くなった田中角栄元総理の生きざまを演じる。2018年(平30)の上演作に角栄元総理が亡くなった75歳になって、7年ぶりに挑む心境を聞いてみた。【小谷野俊哉】 ◇ ◇ ◇ 「カクエイはかく語りき」の初演は、06年のスズナリ。田中角栄生誕100年の18年に再演され、今回が3度目の上演となる。 「その前に僕、脚本・演出の水谷龍二さんとひとり芝居をやりましたね。またやろうと思って、それでは何やろうかって言った時に、水谷さんが田中角栄を書こうと思っているとなりました。それで、やりましょうってなったんです」 初演の06年は、爆発的人気を呼んで5年5カ月に及んだ小泉純一郎総理が退陣。田中角栄の記録を2歳更新する、戦後最年少の52歳で第1次安倍晋三内閣が誕生した。そんな中で、没後13年の田中角栄の芝居を上演した。 「いやー、すごい人間的に面白い人。人として、ものすごい魅力がある人だし、表面的にいろいろと取られるけど、いろんな顔がある。本質的には非常に面白い人で、いろんなコンプレックスもあり、非常に頭が良くて、記憶力も良い。調べていくと、とにかくすごいっていうことが分かりますね。すごく努力をして、ものすごく勉強してる人だけど、それは表には出ない。そういうのが非常に人間として実直というか、素直な人だなという感じがします」 政治家として非常にたたかれたのが田中角栄。だが政治家の中で、一番愛された人でもある。 「小泉さんはすごく人気があったけど、それは風が吹いたりとか、パフォーマンスもうまかった。角栄さんは人間力みたいなものがすごくある人で、人を作った人でもあります。後に竹下派の七奉行(小渕恵三、梶山静六、橋本龍太郎、羽田孜、渡部恒三、奥田敬和、小沢一郎)と言われた人たちもそうですよね」 若き日に田中角栄の薫陶を受けた羽田、橋本、小渕は内閣総理大臣に上り詰めた。現在の石破茂総理も「政治の師は田中角栄」と言う。鳥取県知事、参議院議員、自治大臣を務めた、父親の石破二朗氏は角栄の親しい友人だった。 「石破総理の親父さんのことも全部、角栄さんがやった。だから親父さんが死んだ後に『お前が出ろ』と勧めて、自分の派閥の事務局で雇って“でっち奉公”させた。86年に石破さんが衆院議員選に鳥取全県区から出た時も、角栄さんが応援に来た。そういう意味では、非常に人に慕われる。金、金、金って金権という言葉があるんだけど、金だけでは絶対に人は付いて来ない。ですから、人間としての魅力というのがやっぱりすごかった。76年にロッキード事件で逮捕されてから、派閥をどんどん大きくしていったんですけど、それがなければ政治ができないわけだから。人間としての大きさとかは、信じられないですね」 72年の総理就任から53年、93年の没後32年、いまだに語り継がれる田中角栄。そういう中で、ひとり芝居「カクエイはかく語りき」は、18年以来7年ぶりの再演となった。 「台本がありますから、今必死こいて覚えてます。今回やろうって思ったのは、僕も年になって来ましたし、もう1回チャレンジしてみたいというのがあって、それは大きいですね。それと、やっぱりいろんなものを調べて調べると、前やった時よりももっと人間的にすごいこととかいっぱい出て来てね。どうなるかはやってみないと分かりませんけど、人間としての大きさというか、そういうのが分かってきた」 愛すべき存在であった田中角栄。 「面倒見はすごいいいんです。だけど、そういうことに対していろんなものを求めたりはしない人です。人間としてやれそうでやれないことは、陰でやってたりしてたからね。結局、人が付いて来る。まぁ、その辺は相応のお金は必要なんでしょうけども、最終的には金だけで動く世の中ではないですからね」 (続く) ◆渡辺哲(わたなべ・てつ)1950年(昭25)3月11日、愛知・常滑市生まれ。東京工大中退。75年「劇団シェイクスピア・シアター」旗揚げに参加。85年「乱」で映画デビュー。91年に映画「アンボンで何が裁かれたか」。双子の息子は俳優本多英一郎(47)とプロレスラーのアントーニオ本多(47)。181センチ。血液型A。