なかなか語られなかった家族の暗部を明るみに出す、勇気ある書物―阿部 恭子『近親性交: 語られざる家族の闇』橋爪 大三郎による書評

ショッキングな書名だ。著者の阿部恭子氏は≪二○○八年、日本で初めて犯罪加害者家族の支援団体を設立≫。活動を続けるうち、家族内の性加害/被害の実例を多く知る。 例1。地元名士の息子が元同級生を刃物でメッタ刺し。息子はかつて父から性加害を受け、元同級生はゲイのパートナーだった。真犯人は私です、と父はうなだれる。例2。父権的な父親と病弱な母親。五人きょうだいの長女は一家を仕切るうち父との性交渉が日常に。結婚後、夫の詐欺罪に連座して逮捕も間近だ。例3。地方の裕福な家庭の兄と妹。妹は兄を慕うも疎まれ引きこもりに。兄は都会で挫折して帰郷し自分も引きこもりに。両親亡きあと、兄妹は子をうみ共に暮らす。著者だから知りえた秘密の数々が記される。本書は≪家族が有する暴力性≫を描く。 極端な事例から何がわかるのか。男尊女卑。世間体。偏見。排除と抑圧。弱者を踏みつけにする。こうした理不尽な力が、家族という逃れようのない場にはたらくと、人びとの関係はたちまち歪み、さまざまなかたちの暴力や病態をうみ出す。なかなか語られなかった家族の暗部を明るみに出す、勇気ある書物だ。 [書き手] 橋爪 大三郎 社会学者。 1948年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。執筆活動を経て、1989年より東工大に勤務。現在、東京工業大学名誉教授。 著書に『仏教の言説戦略』(勁草書房)、『世界がわかる宗教社会学入門』(ちくま文庫)、『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、『社会の不思議』(朝日出版社)など多数。近著に『裁判員の教科書』(ミネルヴァ書房)、『はじめての言語ゲーム』(講談社)がある。 [書籍情報]『近親性交: 語られざる家族の闇』 著者:阿部 恭子 / 出版社:小学館 / 発売日:2025年06月2日 / ISBN:409825493X 毎日新聞 2025年6月28日掲載

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