<追跡公安捜査>大川原冤罪、起訴5日前の内部通報明らかに しかし監察部門機能せず

警視庁公安部による冤罪(えんざい)「大川原化工機事件」で、逮捕された大川原化工機社長らが起訴される5日前の2020年3月、公安部の捜査員が警視庁の監察部門に対し、捜査の過程で違法行為があったと内部通報していたことが判明した。しかし、監察は動かなかったとみられ、捜査は止まらなかった。捜査に問題があることが起訴前、監察部門に伝わっていたことが明らかになるのは初めて。 ◇訴えられた三つの問題点 この冤罪について警視庁が7日に発表した検証報告書では、公安部の指揮機能不全が背景にあったとしたが、監察も機能していなかったことが判明し、警視庁の組織ガバナンスに疑義が生じた格好だ。 この内部通報は、通報した捜査員が毎日新聞の取材に証言した。公安部外事1課が社長ら3人を外為法違反(不正輸出)の疑いで逮捕したのは20年3月11日。捜査員によると、15日後の26日朝、監察部門がある人事1課の窓口に電話で匿名の通報をした。 通報内容は、大川原元取締役の島田順司さん(72)を逮捕した際の取り調べを巡る問題。具体的には①容疑の認否などを記す調書「弁解録取書」(弁録)を取調官の安積伸介警部補(当時)が廃棄した②取り調べに立ち会った巡査部長の証言で廃棄が24日に明るみに出たが、安積警部補が巡査部長に「これが公になると大変なことになるので、黙っていろ」と口止めした③弁録廃棄について外事1課幹部らがもみ消しに走っている――という内容だった。 警察内で調書の廃棄は「文書事故」として扱われ、監察事案になるとされる。もし故意に廃棄したとすれば、公用文書毀棄(きき)罪に問われる可能性もある。 捜査員は約20分間にわたり問題点を伝え、31日が社長らの勾留期限だとして「今すぐ動かないと検事が起訴してしまう」と訴えた。電話対応した男性は「上に報告します」と答えた。 ◇人事1課から連絡なく 捜査員は通報後も連絡を取れるようにするため、私有のメールアドレスを伝えて電話を切った。通報の5時間半後、「今朝相談した者です。念のため、メールを送ってみます」と人事1課の窓口に送信した。しかし、その後に人事1課から一度も連絡はなく、外事1課を調べた形跡もないという。 安積警部補は25日、弁録廃棄は「過失」とする報告書をまとめ、外事1課も過失と結論付けて不問に付した。監察部門が動けば、捜査が見直されて起訴が見送られた可能性もあったが、東京地検は31日、社長ら3人を起訴した。 ◇東京高裁は「違法」と認定 社長らの起訴は翌21年7月、地検が「起訴内容に疑義が生じた」として初公判の4日前に突然取り消した。大川原側は国家賠償請求訴訟を起こし、東京高裁は25年5月、「犯罪の成立に関する判断に基本的な問題があった」として捜査が違法だったと認定し、判決が確定している。 裁判では、内部通報された島田さんの取り調べも争点になった。判決によると、安積警部補は、不正輸出を否認していた島田さんを欺き、容疑を認める弁録を作成。内容を確認した島田さんから抗議された後、シュレッダーにかけた。 判決は、この弁録作成を「偽計的な方法を用い違法」と認定。公安部の見立てに沿った弁録を「安易に廃棄することはおよそ考えがたい」とし、廃棄は過失だったとする警視庁側の主張を「不自然」と指摘した。 弁録廃棄について、検察審査会は2月に「不起訴不当」と議決。東京地検は公用文書毀棄容疑は改めて不起訴としつつ、廃棄は過失とする報告書を作成した虚偽有印公文書作成・同行使容疑については再捜査している。 警視庁は取材に「内部通報は性質上、その有無を前提として答えることは差し控える」と回答した。 【遠藤浩二】

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