真面目に働いていただけなのに、ある日突然盗難事件に巻き込まれた。犯人はその場で取り押さえられたが、被害者の男性に待っていたのはお金も仕事も戻らない地獄のような日々だった……。6月上旬、栃木県内で発生したレース用タイヤホイールの盗難事件。異変に気づいたプロドライバーの被害者が犯人グループを追跡、激しいカーチェイスの末に相手車両は横転し、駆け付けた警察官により2人組の男が現行犯逮捕された。当初、外国人窃盗団による犯行を疑った被害者だが、取り押さえた犯人は高齢の日本人男性2人組。その後の捜査では犯人たちの驚くべき過去が明らかになった。9月1日、宇都宮地裁で判決を見届けた男性に、盗難被害者のやりきれない思いを聞いた。(取材・文=佐藤佑輔) 事件の被害者は、ダートやラリーといった自動車競技レースで活躍するプロドライバーの入江慧士さん。2025年の最高順位は全日本2位という、ドライビングテクニックのスペシャリストだ。競技レースのスクール運営も行っており、レース用の車両やタイヤを複数保有。今回、そのうちの一部が盗難被害に遭った。 事件が発生したのは6月7日未明。入江さんが仕事に向かうため自宅玄関を開けると、80メートルほどの距離にある仕事用の資材置き場から「カラーン……」とアルミ製のホイールが落ちるような音が聞こえた。慌てて仕事用のトラックで現場に向かうと、ちょうど走り去っていく軽トラックが見えたという。 「荷台にうちのホイールやラリータイヤが積まれており、直感的に『やられた!』と思いました。以前、ベトナム国籍の窃盗団にタイヤホイール500本、1200万円相当を盗まれた経験があり、その後犯人は捕まりましたが、支払い能力がなく1円も返って来なかった。今回も外国人窃盗団の犯行だと思い、絶対に逃がしてはいけないと車ごと相手の軽トラに体当たりしたんです」 激しいカーチェイスの末に、相手車両は横転。中から現れたのは外国人ではなく、高齢の日本人男性2人組だった。その後の捜査や裁判の過程で明らかになった犯人たちの素性は、強盗含む前科8犯、生活保護の不正受給など、入江さんにとって驚きを隠せないものだった。 「2人は中学時代からの同級生で、年齢はともに70歳。主犯格の男は前科8犯で、2012年には強盗事件を起こし、釈放後は生活保護を受給しながら隠れて塗装業を営んでいました。共謀したもう1人の男とは雇用関係を結んでいた時期もあるそうで、それでいて2人とも生活に困窮し、主犯格の方が今回の窃盗話を持ち掛けたという供述でした」 犯人の男2人は窃盗罪に問われ、刑事裁判が進行した。9月1日、宇都宮地裁で行われた判決公判では、いずれも拘禁刑1年6か月、主犯格の男には執行猶予5年、もう1人には同3年が言い渡された。実刑とならなかった理由について、宇都宮地裁の児島光夫裁判官は「前回の執行終了から10年以上犯罪行為がないこと」「介護中の母がいて生活が困窮していること」「深く反省していること」「被害品が被害者の手元に戻っていること」などの情状を考慮したことを挙げた。 この日、傍聴席で判決を見届けた入江さんは「前科8犯でも執行猶予……」と絶句。「逃走する犯人の車を止めるために接触した積載車の修理費は240万円以上。事故車両ではなく事件の証拠品という扱いで、200万円かけていた車両保険は1円も下りませんでした。警察、検察、保険会社からの聴取や呼び出しで何十時間も拘束され、車が使えなくなったことで仕事もできず、体重は2か月で12キロも減りました。本当に地獄のような日々ですよ。犯人たちは執行猶予がつき元の生活に戻れるかもしれませんが、私は失ったお金も仕事も戻らず、今も生活は壊れたままです」とやるせない思いを口にする。 「生活保護を不正受給したうえに泥棒をはたらいて、捕まっても執行猶予でまた生活保護暮らし。真面目に働いている自分は仕事も財産も奪われて、奪った彼らは自分の収めた税金で生活している。本当に理不尽で気が狂いそうです。前科のある人間は就労のハードルが高く、真面目に働いてきた人より犯罪者の方が生活保護を受給しやすい背景があるという話も聞きました。今回の判決には『まさか』という感じで、到底納得はできませんが、前科のある人間でも社会復帰できたり、二度と再犯することがないような社会制度が必要なのかもしれません」 加害者の更生はもとより、被害者が報われるような制度設計が求められている。