韓国人エンジニアら、「体を縛られ銃を向けられた」 米工場で拘束された衝撃をBBCに語る

ジーン・マケンジー(ソウル特派員)、セリン・ハ(BBCニュースアワー)、ユナ・ク(BBCコリア語) 米ジョージア州にある韓国・現代自動車の系列工場で今月、米移民当局の強制捜査によって韓国人労働者300人以上が拘束された件で、解放され帰国した労働者らがBBCの取材に応じ、当時の衝撃や今なお続く影響について語った。 30歳のヨンジンさん(本人の希望で仮名。その他の証言者も同じ)は、オフィスの窓の外に装甲車と、銃を手にしながら走っている入国管理官らが見えた時、驚きはしたが心配はしなかった。短期ビザで数週間だけアメリカに滞在していた彼は、自分とは無関係だと確信していたからだという。 すると、複数の武装した捜査員が彼の部屋に突入してきて、外に出るよう命じた。ヨンジンさんは手錠をかけられ、腰と足首にも鎖をつけられ、拘置施設行きのバスに乗せられたという。 「パニック状態になり、頭が真っ白になった。気分も悪くなった」。現在は韓国に戻っているヨンジンさんは、そう振り返った。 「なぜこんな扱いを受けるのか、理解できなかった」。 ■「ヘリコプターにドローン、銃を持った人々」 米当局は当初、拘束した労働者らについて、不適切なビザで不法に入国していたと主張した。だがその後、労働者らが将来アメリカで再び働けるように、処罰せず、自主的に出国させることで韓国側と合意した。 労働者のほとんどは、韓国の現代自動車とLGが運営する電気自動車用バッテリー工場の建設を支援するため、アメリカに一時滞在していた。 LGによると、拘束された従業員の多くは、さまざまな種類のビザを持つか、ビザ免除プログラムを利用して、アメリカに滞在していた。そのため、今回の強制捜査に特にショックを受けたという。 「ちょっと休憩しようと外に出ると、銃を持った当局者が大勢見えた。私たち韓国人は、何かしら犯罪者を逮捕しに来たのだろうと思っていた。ところが当局者らは突然、私たちを逮捕し始めた」。自らも拘束されたチョルヨンさんは、そう振り返った。 チョルヨンさんは、自分たちは捜査員たちに、自分が何者かを懸命に説明しようとしたのだが、怖くて仕方がなかったと話す。 「ヘリコプターにドローン、装甲車、(中略)銃を持った人たちもいた」。 チョルヨンさんによると、当局者の一部は労働者に銃を向けたていた。「銃から赤いレーザー光線が出るのがあるでしょう? あれだった。あまりに衝撃的で、恐怖で震えている人もいた」。 同じく拘束されたキムさんは、自分がどういうビザを得ているのか説明できた人たちも、当局者に身柄を押さえられたと語った。「(説明すれば)すべて解決すると思っていたら、いきなり手錠をかけられた」。 チョルヨンさんは、足首と腰にも拘束具をかけられたと話した。「とてもきつくて、顔を手で触ることもできなかった」。 取材に応じた全員が、なぜこのようなことが起きているのか、どこに連れて行かれるのか、まったくわからなかったと話した。チョルヨンさんはソフトウェアエンジニアで、1カ月ほど滞在の予定だったが、滞在6日目に拘束されたという。「後になってから、フォークストンのICE(移民税関捜査局)手続きセンターで拘束されているとわかった」。 ■「凍えそうだった、水は下水の臭いがした」 ヨンジンさんはLGの下請けのエンジニアで、専門的なハイテク機器の操作方法をスタッフに教えるため、現地に5週間滞在する予定だったという。 それが、拘束施設へと連行され、60〜70人と一緒に一つの部屋に閉じ込められたと、見るからに不安そうな様子で体を震わせながら語った。「パニック発作が起きた。ただ震えながら立っていた」。 ヨンジンさんによると、部屋は凍えそうな寒さで、収容されたばかりの人たちには最初の2日間、毛布が与えられなかったという。 「私は半袖を着ていたので、腕を服の中に入れ、タオルにくるまり、夜は何とか暖かく過ごそうとした」、「最悪だったのは水だ。下水のような臭いがした。必要最低限しか飲まなかった」。 チョルヨンさんが拘束施設に到着した時には、2段ベッドはすべて埋まっていた。そのため、何も置かれていない机の上に頭を乗せるなどして、とにかく体を休めたという。 「文字通りどこでも寝ようとした。本当に寒かった。包装されたパンを見つけた人の中には、それを電子レンジで温め、一晩中それを抱きしめていた人もいる」 ヨンジンさんは最初の数日間、どれくらい拘束されるのか見当もつかず、何カ月も続くのではないかと心配した。労働者の何人かが弁護士や領事館員らに面会できたことで、韓国政府が自分たちの解放を米当局に働きかけているのがわかったという。 韓国の首席通商交渉官はアメリカから帰国後、「少し行き過ぎだったかもしれないと、アメリカ側でさえ感じている」と記者団に話した。韓国政府は現在、米当局による強制捜査で人権侵害があった可能性について調べを進めているという。 ドナルド・トランプ大統領は、国内の労働者に技術指導をする外国の専門家らがアメリカには必要だと認めている。韓国政府関係者によると、クリストファー・ランドー米国務副長官は今回の件に関し、「深い遺憾の意」を表明したという。 それでも、通常は緊密な同盟関係を結んでいるアメリカと韓国の関係が、これで揺らいだことに変わりはない。両国の間では、韓国企業が3500億ドル規模の対米投資を約束した貿易取引がまとまったばかりだ。 キムさんは、自分の仕事がB-1ビザで許可されていると信じていた。そして、工場で当局が任務を明確にしないまま数百人を拘束したのは、筋が通らないことだと主張した。 90日間のビザ免除プログラムでアメリカに滞在していたヨンジンさんも、法に触れることは何もしていないと断言する。「私は会議に出席し、トレーニングについてプレゼンしただけだった」とし、ビザ免除プログラムの範囲内の行為だと訴えた。「私のアメリカに対する信頼は深く揺らいでいる。アメリカは韓国にとって信頼できるパートナーとは思えない」。 家族のもとに戻ったものの、ヨンジンさんはまだ、自分の身に起こったことを受け入れるのに苦労している。12日夜に韓国の空港に着いたとき、笑顔で家族と抱き合ったが、何も感じなかったという。 「心の中が空洞のようだった。その夜、母が夕食を作ってくれたとき、どっと胸に迫るものがあり、初めて泣いた」 ヨンジンさんがいま、家を出るのは、短時間の外出だけだ。「外にいて、刑務所でしていたのと似たにおいを感じると、体が震え出して、息が切れる。だから長時間の外出はしない」。 チョルヨンさんも、拘束された経験に苦しんでいると話す。「みんな到着ゲートから笑顔で出てきたが、今思うと、私は涙が出そうだった」と、先週の帰国について振り返る。「この話をするだけで涙が出てくる」。 テレビのニュースで自分の姿を見るのは、楽なことではなかった。「私の顔は見えないが、体つきで私だとわかる。家族も友人もみんな、私だと知っていた」。 チョルヨンさんは、拘束された労働者の大半は「もうたくさんだ」と思っており、戻らないだろうとみている。だが、自分に選択の余地はないと言う。 「これが私の仕事だ。30年間続けてきた。この仕事に人生をかけてきた」 「これができないなら、私はどうすればいいのか? 家族はどうやって生きていくのか?」 (英語記事 US officers tied us up and pointed guns at us, South Korean engineers tell BBC)

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