「あなたは残って働いて」母に売られた12歳の少女は、性交だけは拒んだ

12歳の少女はある日突然、知らない国で母親に置き去りにされた。 「一緒に日本へ行くよ」 そう言った母親はいなくなり、東京の雑居ビル7階にある違法な性風俗店で働かされた。 「帰りたい。おじいちゃんとおばあちゃん、妹に会いたい」 3カ月後、逃げ出して保護された少女は、そうこぼしたという。 「現代の奴隷制」と呼ばれる人身取引が、日本でも、子どもの身に起きている。【菅野蘭】 ◇雑居ビルの一室で…… 東京都文京区。東京メトロ湯島駅にほど近い8階建ての雑居ビルの一室に、少女が働かされていた店はある。 看板はなく、汚れた玄関ドアには「THAI HOME MASSAGE」と書かれた紙がテープで張られている。 警視庁保安課は11月、この個室マッサージ店「リラックスタイム」を経営する細野正之容疑者(51)を労働基準法(最低年齢)違反の疑いで逮捕した。 母親に連れてこられたタイ国籍の少女(12)を、来日したその日から1カ月間、店で働かせ、性的なマッサージをさせていた疑いがあるという。 警視庁は、その認否を明かさなかったが、少女が明かした話からは痛ましい事件の一端が浮かび上がる。 ◇母は「射精させれば終わり」と言った 少女の出身はタイ北部だ。父親は既に亡くなっており、祖父母、妹と暮らし、中学校に通う日々を送っていた。 その少女の元に6月、「海外でマッサージの仕事をしている」と聞いていた母親が現れる。ほとんど一緒に暮らしたことはなかったが、母親は「一緒に日本へ行って仕事をするよ」と言った。 飛行機に乗せられ、少女が来日したのは6月27日。空港から母親と一緒に店に直行した。 すると母親は言った。 「ここでは○○(源氏名)という名前を使ってね。客が来るから、言われた時間の20分くらい前になったら性器をさすって。射精させたら終わりだから」 一晩を共に過ごした翌日、母親は姿を消した。 ◇「こんなことやりたくない」 店のホームページには料金表が載っていた。 「60分 6000円」「120分 10000円」 タイマッサージをコース別に掲げているが、その実態は禁止区域にある違法性風俗店だ。 客は細野容疑者と携帯電話でやりとりし、店に案内される。少女は、見ず知らずの男性客からマッサージとはかけ離れたサービスを求められた。 「こんなことやりたくない」 でも、いなくなった母親からは「働いていなさい」と言われた。その言葉には逆らえない。 少女は、我慢した。 ◇母親に渡っていた金 少女は台所の片隅で寝泊まりをしながら働いた。サービスの一環として性交そのものを求められることもあったが「それだけは拒んだ」という。 置き去りにされてから2週間、ようやく店に来た母親は少女にこう告げた。 「私はこの子と明日、タイに帰る。あなたはここで待ってて。でも、また迎えに来るから」 知らない赤ちゃんを抱いていた。そして母親は7月、少女を置いて帰国した。 実は、少女の売り上げの一部は、細野容疑者から母親の交際相手名義の口座に振り込まれていた。 「お母さんに『働いていなさい』と言われ、嫌だったけど『これが家族の生活のためなんだ』と思って……」 そうやって少女は「売られて」いた。 ◇日本の人身取引、増え続け 警視庁は、事件の背後に、母親の来日を手引きし、店を紹介したブローカー組織があったとみて捜査を続けている。 国際移住機関(IOM)によると、売春や労働の強制といった人身取引の被害者は世界で5000万人と推計される。国境をまたぐケースも多く、米国務省の年次報告書(2025年版)は、背後にいる国際犯罪組織の収益源になっていると指摘する。 今回の事件は、その一部が日本で起きていることを突きつける。 警察庁のまとめによると、20年に37人だった人身取引の被害者は、毎年増え続け、24年は63人だった。うち外国人は2~11人。日本人の半数以上が18歳未満だ。 「日本では、子どもを性的サービスに従事させる人身売買業者の大半が摘発・処罰されずに活動している」と米国務省の報告書は説く。被害者保護も「不十分」と手厳しい。 人身取引で最も多く、かつ深刻なのが、子どもや女性を対象にした性的人身売買だ。国連の報告書(24年)によれば、世界の被害者の38%は子どもで、多くが性労働を強いられている。 ◇タイの少女はいま…… 被害者の数に対し、捜査機関が摘発できる人数は圧倒的に少ないとされる。 米国務省の報告書は「多くは隠された犯罪で、公衆の目に触れることがない。暴力や報復への恐怖により、被害者が被害を自覚できないこともある」と分析する。 今回の事件は、少女が自ら逃げ出して発覚した。 いなくなった母親と、スマートフォンでやり取りはできた。だが、別の従業員に「真面目に働いていない」と言いつけられたのを機に脱出。母親に紹介された別の店で働いたが、帰りたい思いは募った。 母親から届く言葉は「働いて」と「迎えに行く」ばかり。 そんなことが何度か続き、もう母親は迎えに来ないと、少女は悟った。 9月になり、1人で東京出入国在留管理局(東京都港区)を訪ねて助けを求めたという。 在留資格は「15日間」。とうに過ぎているのは知っていた。 「ここに来るのは怖かった。でも、どうしても帰りたい。家族にも会いたいし、また学校に通いたい」 そう語った少女は、保護された。メンタルケアを受け、いずれ帰国する見込みだ。 先に帰ったはずの母親は11月、台湾で捜査当局に拘束された。台湾でも売春に関わっていたとされている。

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