捜査員が語る「令和のトクリュウ犯罪」 執念の捜査で“指示役”を初摘発

◆「姿なき指示役」を摘発 12月5日朝、警視庁本部には多くの記者とカメラマンの姿があった。 首都圏では2024年、わずか2カ月間ほどの間に闇バイトによる強盗事件が18件発生し、このうち横浜市の事件では男性が暴行され亡くなっている。 世間を震撼させた一連の「首都圏連続強盗事件」の検挙発表のために集まっていたのだ。 会見場に現れたのは、警視庁の親家和仁刑事部長。普段は表に出てくることはない大幹部。 さらには警視庁の捜査一課長、神奈川・埼玉・千葉県警本部の幹部たちもずらりと並ぶ。 1都3県の合同捜査本部が開いた検挙会見はまさに「異例」だった。 なぜここまで注目されたのか。それは「姿なき指示役」を初めて検挙したことにある。 1年あまりの捜査でようやくその姿を突き止め、摘発した。 我々はこうした「匿名・流動型犯罪グループ」=“トクリュウ”の闇バイト強盗事件の背景や組織性について真相を追究すべく取材に明け暮れていた。 実行役の裁判や拘置所での接見、事件関係者、家族や知人らを徹底的に当たったものの、トクリュウがどんな組織性を持っているのかはっきりしない。 そんな疑問をある捜査幹部にぶつけたところ、こんな言葉が返ってきた。 「トクリュウに組織性なんてない、深いつながりなんてないんだよ。スマホ一つでつながり簡単に犯罪に手をそめる、それが令和のトクリュウ犯罪の形なんだ」 トクリュウによる事件捜査の難しさを実感した言葉だった。 そんな中、警視庁はまさに執念ともいえる捜査を展開し、上述した18件の強盗事件だけでなく、トクリュウが関係する様々な事件で約750台もの携帯を押収した。 こうした膨大な端末を全て解析したほか防犯カメラ捜査などを1年以上かけて進め、指示役とみられる4人にたどりついたという。 今後は合同捜査本部が18件の強盗事件の全容解明にどれだけ近づけるかが焦点だ。 ◆トクリュウ壊滅に向け大規模な組織改編 警視庁は2025年10月、トクリュウや特殊詐欺被害に関する情報を収集して分析する「匿名・流動型犯罪グループ対策本部」を新設。 また、暴力団・外国人犯罪・薬物犯罪を検挙してきた「組織犯罪対策部」を「刑事部」に統合し、深刻な状況となっている特殊詐欺事件等を主に捜査する「特別捜査課」を設置した。 特別捜査課は発足から海外に逃亡していた詐欺グループの中核メンバーの検挙や偽造した金の延べ棒を売りさばいていた中国人グループの摘発など様々な属性を持った詐欺事件の犯罪グループの検挙に努めている。 特別捜査課の捜査幹部はトクリュウが起こす事件についてこう話している。 「トクリュウが絡む特殊詐欺事件の特徴は被害者と接触しなくても大金を得ることができること。顔を出さずに話術さえあれば誰でも簡単にできてしまう。指示役からしてみれば、『受け子や出し子などの闇バイトは捕まってもいい』と使い捨てにできるので都合がいい」 この幹部はまた、これまで組織犯罪の中で脅威となっていた暴力団もトクリュウの存在が大きくなったことで、事件への関わりに変化が見えていると話す。 「トクリュウの存在が大きくなるとともにグループで問題となっているのが『内部統制』。受け子や出し子はSNSなどで簡単に集められる一方でだまし取った金品をそのまま持ち逃げされたりするケースもある。そこで暴力団組員がリクルーターとして人材を用意するほか受け子や出し子を脅して足抜けさせないようにする役割を担っている。もちろん抜けたり逃げたりしたやつがいればその報復も暴力団組員や周辺の関係者が行ってグループの統制を図っている。暴力団組員が減少しているとしてもトクリュウの捜査と平行して暴力団の対策や動向も同時に徹底していかなければならない」 トクリュウの犯罪の見えないところに暴力団が絡んでいるケースも多いという。 ◆「警視庁捜査員逮捕」の衝撃 数カ月前に噂を聞いた時、筆者は「まさかそんなことないだろう」と思った。 トクリュウの一つとされる国内最大規模のスカウトグループ「ナチュラル」の捜査を担当していた捜査員が、あろうことか捜査情報を漏らしていたらしいという話だった。 スカウトグループ側の重要人物の立件にむけて動く中で突如姿が消えたという事案があり、「こんなタイミングで逃げられるなんて内部で情報を漏らしている奴がいるのでは…」と情報漏えいを疑う声が上がっていたという。 そして警察当局がトクリュウ壊滅に向けて総力を挙げる中、警視庁暴力団対策課の警部補が地方公務員法違反の疑いで逮捕された。 「ナチュラル」独自のアプリを通じ、捜査のために設置していたカメラの画像を送ったほか捜査対象者の名前や肩書き、約20カ所の関係先が記載されたリストを漏らした疑いがある。 逮捕された警部補の自宅からは約900万円もの現金も見つかっている。 ある捜査幹部は「がっかりという言葉でしかない。警視庁への裏切り行為で許せない」と怒りをあらわにした。 ◆被害の7割は警察官を騙る手口 トクリュウの起こす犯罪で最も多いとされているのが「特殊詐欺」だ。 2025年11月末の時点で警視庁が把握した特殊詐欺事件の発生は3944件。 過去最多だった2024年の3494件より550件多く、被害総額は約252億円と過去最悪の状況となっている。 特殊詐欺の代表的な手口は、子どもや親族を装って主に高齢者を狙う「オレオレ詐欺」だが、特に2024年夏以降からは「警察官を装ったオレオレ詐欺」が急増している。 現在、「オレオレ詐欺」に分類される被害の約7割は警察官を騙ったもので、高齢者だけでなく若者にも多くの被害が確認されている。 犯人らは電話口でLINEなどの通信アプリでビデオ通話に誘導したうえで、偽の警察手帳や逮捕状を画面越しに見せる。 そしてこんな言葉を投げかけるのだという。 「詐欺グループの犯人を捕まえたら押収品からあなた名義のキャッシュカードがあった」 「あなたに逮捕状が出ているので身の潔白を証明するためにあなたの銀行口座から警察が用意した口座に現金を移して調査する必要がある」 本物の警察からの連絡だと思った被害者は現金を振り込んでしまい、後にだまされたことに気づくケースが多いという。 犯人からすれば指定の口座に振り込ませることで、現金の受け取り役「受け子」などを用意する必要はなく被害者と一度も接触せずに現金をだまし取れるリスクの低い手口となっているようだ。 ある捜査関係者は「警察官を騙る詐欺には年代問わずに多くの人が被害に遭っている」とした上で、「普段から真面目に働いて生活している人は警察の事件捜査に関わることが少ないため、警察が普段どういう捜査をしているのか知らないことが多い」と話す。 被害者は「犯罪に巻き込まれている」と電話で言われただけで不安になり、信じ込んでしまう。 犯人側はそうした心理状況を犯人側は逆手に取っているのだという。 また、今は携帯電話にかかってくるのも当たり前となり、学生などの若者や企業の役職のある人など、世代や業種を問わず被害に遭っているのが実情だと話す。 「まずは警察の捜査で『SNSなどを使って警察手帳や逮捕状の写真を見せる』とか手荒なまねはしないということを周知させることが必要」と語った。 ◆AI導入で警告件数が6倍に 新対策の効果はいかに?! また、電話の発信番号を偽装する「スプーフィング」による詐欺被害もでている。 実在する公的機関などの電話番号が表示されるように偽装するもので、2025年2月〜3月にかけて都内の警察署の電話番号になりすました詐欺事件も発生した。 なりすましには警視庁や全国警察の代表番号や総務省、最高検察庁の番号も使われていて、全国で約2800万円の被害が確認された。 また、詐欺事件の電話で多く使われているのが海外からの国際電話だ。 警視庁ではその対策の一環として、防犯アプリ「デジポリス」に、特殊詐欺の電話に使われたとみられる国際電話の通信を自動でブロックする機能をこの年末から新しく搭載している。 また、サイバー犯罪対策課はAI=人工知能を導入。 SNSや掲示板の闇バイト募集の投稿をAIに自動収集させ分析する仕組みを取り入れて「ホワイト案件」「即日即金」などの闇バイト募集に使われている単語を学習させ、自動収集した投稿を警察官が確認して「全てを失うとしてもやりますか?」などと訴える警告文を送って注意喚起を行っている。 警告文送信による注意喚起は闇バイトによる犯罪が増加してから行われているが、2025年の7月末にAIによる自動収集を導入以降、警告文の送信件数は約6倍に増え、AIが闇バイトの恐れがあると判断した投稿は1万8500件以上も見つかったという。 この取り組みで実際に投稿しているアカウントが削除や閉鎖されるケースも確認された。 実際に投稿を見て応募して犯行に加担させないように抑止することが大きな狙いでどの程度効果が出ているのか分析する必要があるだろう。 警視庁は2026年に向けて「詐欺もタタキ(強盗)も被害を食い止めることが一番。“トクリュウ”は手段を選ばずにあらゆる方法や手口で善良な市民から金を巻き上げる。警察も新たな対策を構築していくとともに “トクリュウ”の実態解明も注力していく」としている。 (フジテレビ社会部警視庁担当 永田亘)

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