第1回【「炎が体の上を吹き抜けた」「頭髪は全て焼けた」…82年「ホテルニュージャパン火災」に突入、救助隊員が遭遇した壮絶な現場】を読む 社員や元社員が顧客から総額約31億円を詐取という「プルデンシャル生命保険」の事件は、日本社会に衝撃を与えた。と、同時に、その本社ビルであるプルデンシャルタワーの場所に驚いた……という声も少なくない。 1936年の2・26事件で反乱軍が立て籠もったのは、この地にあった料亭「幸楽」。1963年12月8日には、地下のナイトクラブ「ニューラテンクォーター」で力道山が暴力団員に刺され、後に死亡するという事件も起きた。 そして1982年2月8日未明には、「ホテルニュージャパン」の9階から火の手が上がった。日本のホテル火災事故史に残る大惨事から30年後の2012年、生存者のその後を追った「週刊新潮」のバックナンバーで緊迫の現場を振り返る。 (全2回の第2回:以下、「週刊新潮」2012年2月9日号「死者33人『ホテルニュージャパン』火災から30年 『私はこうして死から逃れた!』」を再編集しました。文中の肩書き、年齢等は掲載当時のものです) ***