人質司法における裁判官の責任を問うことの意味とは/高野隆氏(弁護士、大川原化工機事件「裁判官の責任を問う訴訟」弁護団長)

人質司法。被疑者が容疑を否認すれば容易には保釈を認めず、長期間身柄を拘束し続けることで自白や検察の描いたシナリオに沿った供述を引き出していく。世界に恥ずべき日本のこの異常な刑事司法慣行については、ビデオニュースでも繰り返し取り上げてきた。 国連の人権委員会からは「拷問」に当たるとして再三の改善勧告を受けてきたが、日本国内では今もこの慣行が当たり前のように続いている。 その人質司法をめぐって、これまでにない動きがあった。大川原化工機事件で勾留中に死亡した被疑者の遺族が、不当な身体拘束を決定した裁判官37人を実名で挙げて国家賠償を求める訴訟を提起したのだ。 長期勾留された元被疑者や元被告が、警察・検察の捜査が違法だったとして国家賠償を求める訴訟はこれまでも繰り返し提起されてきた。しかし、勾留令状の発付や保釈請求の却下を行った裁判官個人の責任を、判決ではなく身体拘束の判断について、しかも実名で問う国賠訴訟は、おそらく前代未聞である。 訴訟を起こしたのは、大川原化工機の元顧問・相嶋静夫氏の遺族だ。相嶋氏は勾留中に末期がんと診断されながら、なお身体拘束を解かれることなく勾留中の身のまま死亡した。遺族は4月6日、相嶋氏の保釈を認めず、あるいは勾留を継続する判断を下した裁判官37人を名指しで挙げ、国に対し約1億6800万円の損害賠償を求めて提訴した。 事件の発端は、2020年3月、警視庁公安部が大川原化工機の幹部3人を外為法違反の容疑で逮捕したことに遡る。同社が輸出した噴霧乾燥機が、生物兵器の製造に転用可能な軍事関連物資にあたるとして、無許可輸出の疑いがかけられた。 相嶋氏は勾留中に胃がんと診断されたが、保釈請求はことごとく却下された。最終的に勾留執行停止で入院が認められたものの、すでに手遅れだった。同時に逮捕された大川原正明社長と島田順司氏も相嶋氏と同じく容疑を全面的に否認し続けたため、その勾留は332日間に及んだ。 ところが、その後の調査で、この事件は警察が無理筋のストーリーを仕立て上げたものであることが明らかになる。検察は公判前に起訴を取り消すという、極めて異例の対応を取らざるを得なかった。 大川原化工機側が警察・検察の捜査の違法性を問うた国家賠償訴訟では、すでに国の責任が認められ賠償が確定している。しかし、事件のもう一方の当事者であるはずの令状を発付し、保釈請求を繰り返し却下した裁判官たちの責任は、これまで一度も問われてこなかった。 弁護団長の高野隆氏は、末期がんと診断された相嶋氏に対してすら「罪証隠滅のおそれ」を理由に7回も保釈請求を却下した裁判所の判断は、著しく不当だったと語る。 刑事訴訟法89条は、保釈請求があれば原則としてこれを認めなければならないと定めている。例外として保釈を却下できるのは、「罪証隠滅のおそれ」などが認められる場合に限られる。ところが実務では、被疑者が否認しているという一事をもって「罪証隠滅のおそれあり」と判断され、原則と例外が事実上逆転しているのが現実だ。 長期勾留は被疑者・被告人やその家族の生活、職業、社会活動に甚大な打撃を与えると同時に、無理矢理自白を引き出すための、いわば「検察の武器」として機能してきた。 ビデオニュースのインタビューに応じた元ベテラン裁判官の藤井敏明氏は、自身の経験を振り返りながら、裁判官は身体拘束が当事者に及ぼす負担や不利益を十分に認識しないまま「罪証隠滅のおそれ」を広く解釈し、安易に保釈請求を却下していると、自省を込めて語る。また藤井氏は、たとえ最終的に有罪判決が下されたとしても、判決確定前の長期勾留は終わりが見えないという意味で、刑の執行そのものよりも当事者に大きな負担を強いる場合があると指摘する。 今回、裁判官個人を被告とする国賠訴訟が起こされた意義はどこにあるのか。日本の裁判官はなぜこれほどまでに容易に保釈を認めないのか。相嶋静夫氏のような悲劇を繰り返さないために何が必要なのか。そして、裁判官の判断に対する責任追及はなぜこれほどまでに難しいのか。数々の著名な刑事事件を担当し、その多くで無罪判決を獲得してきた歴戦の刑事弁護士で、大川原化工機事件「裁判官の責任を問う訴訟」の弁護団長を務める高野隆氏とともに、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 【プロフィール】 高野 隆 (たかの たかし) 弁護士、大川原化工機事件「裁判官の責任を問う訴訟」弁護団長 1956年埼玉県生まれ。79年早稲田大学法学部卒業。82年弁護士登録。87年サザン・メソジスト大学ロースクール修了。法学修士。2004~09年早稲田大学法科大学院教授。09年より高野隆法律事務所代表パートナー。著書に『人質司法』、共著に『刑事法廷弁護技術』など。 宮台 真司 (みやだい しんじ) 社会学者 1959年宮城県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。社会学博士。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授、東京都立大学教授を経て2024年退官。専門は社会システム論。(博士論文は『権力の予期理論』。)著書に『日本の難点』、『14歳からの社会学』、『正義から享楽へ-映画は近代の幻を暴く-』、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』、共著に『民主主義が一度もなかった国・日本』など。 神保 哲生 (じんぼう てつお) ジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表 ・編集主幹 1961年東京都生まれ。87年コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。クリスチャン・サイエンス・モニター、AP通信など米国報道機関の記者を経て99年ニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を開局し代表に就任。著書に『地雷リポート』、『ツバル 地球温暖化に沈む国』、『PC遠隔操作事件』、訳書に『食の終焉』、『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』など。 【ビデオニュース・ドットコムについて】 ビデオニュース・ドットコムは真に公共的な報道のためには広告に依存しない経営基盤が不可欠との考えから、会員の皆様よりいただく視聴料(1100円)によって運営されているニュース専門インターネット放送局です。 (本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)

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