『OXANA』革命家オクサナ・シャチコが身の危険を顧みずに闘い続けた理由とは?

革命家オクサナ・シャチコの壮絶な人生に着想を得た映画『OXANA/裸の革命家・オクサナ』(5月22日公開)。オクサナが身の危険を顧みず、体制に抗い、法と自由、人間性のために闘ってきたのは何故か?彼女が今もなお世界のフェミニズム運動に影響を与え続ける理由に迫ってみよう。 アーティストであり活動家、そしてトップレスによる抗議で知られるフェミニスト活動団体「FEMEN」の共同創設者であるオクサナ・シャチコ。本作は、社会不安と政治的緊張を内包するウクライナに生まれ、乳房をあらわにした上半身にメッセージを記し、花冠を頭にまとった強烈なスタイルで抗議活動を続け、わずか31年という短い生涯を闘いに捧げたひとりの革命家の人生に着想を得た、実話に基づく物語だ。 オクサナが政治的に目覚めたのは、フメリニツキーで哲学を学んでいた学生時代。社会主義、マルクス主義、フェミニズムといった思想に触れたことで、彼女の宗教的正統性に基づく世界観は大きく揺らぎ、やがてアナーキズムへと傾いていく。この思想的転換が、後に世界的な注目を集めるフェミニスト運動「FEMEN」の基盤となった。 フメリニツキーの「若者の展望センター」で、オクサナはアンナ・フツォル、サーシャ・シェフチェンコと出会う。2008年、3人はFEMENを共同創設し、ウクライナ社会に蔓延(まんえん)する性差別、腐敗、買春ツーリズムなどの問題に対し、街頭での直接行動を開始した。 そこでオクサナは運動の視覚的・象徴的表現を担い、ドラクロワの絵画「民衆を導く自由の女神」を参照しつつ、裸の胸をさらし両腕を広げた女性像と、ウクライナの花冠を組み合わせた姿をFEMENのアイコンとして確立。この強烈なイメージは、運動の急速な国際的拡大を支える決定的な要素となった。 FEMENの抗議スタイルは、裸の身体を政治的武器として用いる点で常に議論を呼んだ。共同創設者のフツォルは「美しい女性が抗議する姿に人々は戸惑う。ポルノや広告、家庭の中では見慣れていても、政治的主体としては見慣れていない。その矛盾こそが力になる」と語る。オクサナの芸術的感性は、こうした“視覚的衝突”を街頭パフォーマンスとして昇華させ、FEMENの活動を単なる抗議ではなく、社会の無意識を揺さぶる表現へと押し上げた。 さらにオクサナは、ロシアの権威主義体制がウクライナと欧州にもたらす危険を早くから指摘していた。2012年、FEMENはロシア・EU首脳会談のためブリュッセルを訪れたウラジーミル・プーチンに抗議し、「Euro‐collapse」「The Apocalypse of Democracy」といったスローガンを掲げ、欧州に対し、クレムリンとの接近が民主主義を損なうと警告。この行動は、後に現実となるロシアの侵攻を予見するかのようなものだった。 オクサナは、自身の活動について「2008年から私たちは体制に抗い、法と自由、人間性のために闘ってきた。大げさではない。信じることを実践するには、自らが模範を示さなければならない」とコメント。彼女は抗議の中で逮捕され、暴力を受け、生命の危険に晒されることもあったが、それでも「恐怖を抱えながらも、傷つけられたり殺されたりする覚悟はできている」と言い切った。 思想、芸術、身体を貫く一貫した姿勢――それこそが、オクサナ・シャチコがFEMENにもたらした核心であり、彼女が今もなお世界のフェミニズム運動に影響を与え続ける理由である。 映画『OXANA/裸の革命家・オクサナ』は、5月22日より全国公開。

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