女優の中村玉緒(なかむら・たまお、本名奥村玉緒=おくむら・たまお)さんが肺炎のため、9日に死去したことがわかった。86歳。所属事務所が12日に発表した。女優業のほか、天然ボケのキャラクターが愛されてバラエティー番組に数多く出演し、お茶の間にも親しまれた。97年に先立った夫の俳優・勝新太郎さん(享年65)との夫婦愛は有名だった。 玉緖さんの波乱の人生に幕が引かれた。23年2月に仕事先の名古屋で転倒して背骨を圧迫骨折。都内の介護施設で療養生活を送っていた。翌3月9日に兄の故坂田藤十郎さんの妻で、義理の姉に当たる扇千景さん(享年89)が亡くなると「長きにわたり、芝居好きな役者人生一筋の、兄・藤十郎を支えていただき本当にありがとうございました」と事務所を通してコメントを寄せていた。 父は歌舞伎俳優で大映映画でも活躍した二代目中村鴈治郎で、兄が四代目藤十郎。1953年に松竹映画「景子と雪江」で銀幕デビューし、その後、親戚で大映の重役でもあった長谷川一夫の力添えで54年に大映に入社。主に幼なじみの市川雷蔵や山本富士子(93)、若尾文子(91)ら看板スターを支える脇役として存在感を示し、純情な娘役を多く演じた。60年公開の「ぼんち」「大菩薩峠」の演技でブルーリボン賞助演女優賞、63年の「越前竹人形」では毎日映画コンクールの女優助演賞に輝いている。 この頃、私生活でも大きな動きがあった。「不知火検校」(60年)や「悪名」(61年)などで共演した勝さんの熱烈な求愛を受け入れて61年に婚約を発表。翌62年3月5日に大映の永田雅一社長の媒酌で結婚した。 夫婦生活は波らん万丈だった。67年に立ち上げた勝プロダクションが81年に14億円の負債を抱えて倒産。90年にはハワイの空港で勝さんが大麻とコカインの所持で現行犯逮捕される“パンツ事件”が起こるなど、苦労は他人には推し量れないものがあったはずだ。 それでも玉緖さんは前を向いた。95年に勝さんが下咽頭がんを発症した後も、夫を励ますために積極的にテレビのバラエティー番組に出演。特に明石家さんま(69)司会の番組にはレギュラー出演し、病室でそれを見るのが勝さんの唯一の楽しみだったという。 96年には退院した夫と最初で最後の共演舞台「夫婦善哉 東男京女」(新歌舞伎座)で熱々ぶりを見せた。その翌年の97年6月21日に勝さんは65年の生涯を閉じたが、「生まれ変わってもあの人と一緒になりたい」と一途な愛を貫き、残った借金も死後25年をかけて完済した。 長男と長女に恵まれ、子ぼんのうとしても知られた。2人が大麻で逮捕されるスキャンダルを起こした時も「罪は憎くても子供は憎めない」と本音で語り、後に俳優になった長男の鴈龍さんが19年に55歳で急死した時には、ショックのあまり、しばらく立ち直れなかったほどだ。 バラエティーで見せる愛すべきキャラクターはゲームやパチンコ業界からも引っ張りだこで、98年にはバンダイのたまごっちシリーズのキャラクターとなり、「玉緖っち」の愛称で若者のハートをつかんだ。02年にはサミーからパチンコ「CR玉緖でドッカン!!」が発表された。本人も大のパチンコ、パチスロ好きで有名だった。 03年3月、岐阜県美濃加茂市にあるテーマパーク日本昭和村の名誉村長に就任。同年10月には所属事務所の後輩だった氷川きよし(47)とTAMAO&KIYOSHI名義でデュエット曲「ラブリィ」をリリースした。21年3月にYouTubeチャンネル「中村玉緒の今日のことは今日で忘れる」を開設し、情報を発信していた。 いつまでも明るい笑顔をお茶の間に届けてきた玉緖さん。最愛の人、勝さんが待つあの世に旅立った。