4月中旬のとある夜、池袋のとある小劇場では、この日が初日となる舞台が終わったようだ。出入り口は挨拶に出てきた出演者と観客でごった返していた。そしてその中には清水良太郎さん(37)の姿もあった。 グレーのパーカーにジーンズ姿は衣装のままだろうか。数人の女性客と、もう5〜6分は笑顔で話し込んでいる。また、子連れの客に写真に応じる姿も。子供は自身の娘と同年代ぐらいだろうか。やさしく声をかけ、肩に手を回して写真を撮っていた。 着替えのためか、一度奥に引っ込む。帰り支度をして出てきた後も、まだ残っている観客一人一人に笑顔で丁寧に応える。最後の最後まで対応している姿が印象的だった。 良太郎さん(37)が都内の自宅マンションで変わり果てた姿で見つかったのは8月1日の夜のこと。数日前から連絡が取れないことを不審に思った関係者が自宅を訪れ、良太郎さんを発見。救急隊が駆けつけたが、すでに亡くなっていた。事件性はないという。 2日には父親の清水アキラ氏(72)が所属事務所のサイトを通じて〈親子でコンサートをさせていただき、良太郎の歌声を聴くのが何よりの幸せでした。思いやりがあって、とてもやさしい子でした。元気が一番の親孝行と思っておりましたが無念でなりません〉とコメントした。 良太郎さんは’06年にNHK大河『功名が辻』でデビュー。同時期にものまねタレントとしても本格的に活動をはじめ、売れっ子になっていく。営業で多いときには月に1000万円稼いだこともあったという。俳優としても『ごくせん』第3シリーズ(日本テレビ系、’08年)や、朝ドラ『あまちゃん』(NHK、’13年)などの話題作に出演した。’16年5月には一般女性と結婚し、同年11月には第1子が誕生するなど、すべてが順風満帆だった。 だが、’17年10月に覚醒剤取締法違反で逮捕されたことで、生活は一変する。父親の事務所からは解雇処分となり、懲役1年6ヵ月、執行猶予3年の有罪判決を受けた。芸能界から離れ、運送屋で引っ越し作業などをするなかで、’21年4月には妻への傷害容疑で逮捕・送検されるトラブルも起きている。 普通であれば、もはや芸能界復帰など望めないだろう。だが、良太郎さんは周囲の支えもあって、少しずつ、少しずつ復帰への道を歩んでいたようだ。 「最初はものまねの路上ライブから始めたようです。その様子をYouTubeやSNSで配信することで、徐々に仕事が入り出したといいます。’23年5月にはオーディションを勝ち抜いて『BreakingDown8』に参戦し、話題になりました。’24年ごろからタレント活動を再開、翌年9月には、父・アキラさんとの『親子コンサート』が行われ、息の合ったパフォーマンスが大好評となりました。 良太郎さんが覚醒剤で有罪となった翌’18年にアキラさんは、『何年この仕事続けられるか分からないけど、死ぬまで同じステージに立つことはないと思う』と断言していました。共演を決断したのは、良太郎さんの復帰にかける姿勢が伝わったのでしょう。このコンサートは再演を望む声が多く、今年6月5日にも行われました」(芸能ライター) 4月に本誌が目撃したときの良太郎さんも、仕事に真摯に向き合い、観に来てくれたお客さんへの感謝にあふれているように見えた。まだ復帰への道半ばで亡くなってしまったことが悔やまれる。