■「通り魔的」特異な事件 神戸市で8月に発生した女性刺殺事件は、路上で「好みのタイプ」の女性を物色し、後をつけて襲うという「通り魔的」な特異なストーカー事件だった。平成12年に成立したストーカー規制法は重大事件のたびに改正され、規制対象を拡大してきたが、「厳罰化」でも最悪の事態を防ぎきれない限界も露呈している。 同法は、11年に埼玉県桶川市で女子大生が元交際相手に殺害された「桶川ストーカー殺人事件」を契機に議員立法で制定された。女子大生側は事件前、警察に繰り返しストーカー被害を相談していたにもかかわらず、警察は「民事不介入」などを理由に十分な対応をせず、大きな批判にさらされた。 この反省からストーカー対策は「未然防止」へと大きくかじを切った。同法は恋愛感情やそれが満たされなかった怨恨(えんこん)の感情を満たすためにつきまといなどを繰り返す行為を規制。その後も電子メールの連続送信(25年改正)▽SNS上でのつきまとい(28年改正)▽GPS(衛星利用測位システム)機器の悪用(令和3年改正)-などが規制対象に加えられた。 同法にはストーカー行為に対する「警告」や「禁止命令」の規定もある。昨年警察には2万件近い相談があり、1479件の警告、2415件の禁止命令が発出された。ストーカー加害者は警告を受けるだけで9割近くがストーカー行為をやめるとされ、警察庁は被害者が報復を恐れて申し出をためらう場合でも警察が職権で警告できるよう、さらなる法改正を検討している。 ■「重大事案には前兆がある」 未然防止の重視は捜査姿勢にも表れている。警察は同法や刑法を適用して、ストーカー行為を積極的に摘発。ある捜査関係者は「重大事案には前兆がある。執着性や自暴自棄といった加害者の傾向を見極め、被害が比較的小さなうちに事件化することが有効だ」と強調する。 神戸の事件で逮捕された谷本将志容疑者(35)は2年12月にストーカー規制法違反罪などで罰金刑を受け、さらに4年9月には、ストーカー行為の果てに女性の首を絞めた傷害罪などで有罪判決も言い渡されている。しかし谷本容疑者には執行猶予が付され、保護観察もつけられず〝野放し〟の状態に。警察が「前兆」を摘み取っても、検察・司法の再犯防止への視点が十分ではなかったといえる。 また元交際相手によるストーカー被害を警察に相談していた川崎市の女性殺害事件では、相談に応対した警察官が緊張感を欠き、危険性を過小評価した。桶川以来あまたの悲劇を経て、警察のストーカー対応は強化されてきたとはいえ、まだ組織によって習熟度にはばらつきがある。