徹底取材【年末特別企画】 『餃子の王将』社長射殺事件 ——いまだ深き闇を追う

◆実行犯と目される男の法廷戦略と別の容疑者の存在 取材・文:甚野博則 「何が無罪や! 工藤会が何やぁ!」 京都地裁の大法廷に響き渡る怒号と嗚咽(おえつ)。11月26日に開かれた「餃子の王将社長射殺事件」の初公判は波乱の幕開けとなった。傍聴していた被害者の娘が裁判官の制止を無視して叫び、一時休廷する事態になったのだ。 「餃子の王将」運営会社の大東隆行社長(当時72)が京都市山科区の本社前で腹部などに4発の銃弾を撃ち込まれて死亡したのは’13年12月19日早朝のこと。九州の企業グループ関係者の関与が囁(ささや)かれるなか、’22年に逮捕されたのは、九州の特定危険指定暴力団・工藤会の二次団体・石田組本部長の田中幸雄被告(59)だった。 初公判の日は朝から多くの傍聴希望者や記者、暴力団担当刑事が集まった。地裁では異例となる厳戒態勢が敷かれ、ペンの持ち込みも不可。法廷と傍聴席はアクリル板で仕切られた。 午後1時30分——黒縁メガネに黒いスーツを着た田中被告が腰縄と手錠をつけたまま入廷。裁判官らに頭を下げた。 「決して犯人ではありません。任侠道を志す者として濡れ衣の一つや二つ、甘んじて受け入れます。しかし、このようなセンセーショナルな事件までは到底承服できません」 少しやつれた印象の田中被告は大きな声で堂々と無罪を主張した。一方、検察側は冒頭陳述で、現場に残されたタバコの吸い殻から田中被告のDNAが検出されたことなどに言及。事件後、田中被告が自らのスマホに〈警戒を解くな。深海魚のように息を潜めて動け〉とメモしていたことも明らかになった。 弁護側はこれに真っ向から反論。「タバコからDNAが検出されたとしても、田中被告が銃撃した証拠にはならない」と指摘し、逃走に使用したとみられるバイクから発砲の際に残る硝煙反応が出た——などの、検察が提出した証拠を検察都合の科学的立証、「ジャンクサイエンス」だと切り捨て、犯人特定の決め手とする危険性を訴えた。 「検察が積み上げた間接証拠が弱すぎるという印象は否めません。弁護側は、事件当日に田中被告が福岡にいた可能性があると反論。今後、証人尋問で証明するとしました」(全国紙社会部記者) ◆「別人」の可能性 本誌で筆者は田中被告の逮捕直後、2本の検証記事を公開している。その一つで、一部メディアが田中被告を「プロのヒットマン」などと形容していることを疑問視。工藤会関係者の証言から、報道されている人物像と大きく乖離していることを伝えた。 もう一つの記事では、「歩容認証」などの最新科学鑑定の怪しさを指摘した。これは歩く時の姿勢や歩幅といった歩き方の個性(歩容)を分析して個人を識別する技術で、京都府警はこうした科学鑑定の一部を科捜研ではなく交通事故鑑定がウリの小さな民間企業に依頼。同社も鑑定した事実を認めたが、初公判で検察側は歩容認証に一切触れなかった。 ある事件関係者は、こう打ち明ける。 「実は公判前整理手続きの段階で、『平野母子殺害事件』の話題が出たんです。’02年に大阪で起きた事件で、王将事件と同じく現場のタバコの吸い殻から被告のDNAが検出され、一審で無期懲役、二審で死刑の判決が出たのですが、’10年に最高裁が差し戻し、’17年に逆転無罪となっています。最高裁は『DNAが一致しても、それだけで犯人とは言えない。″この人でなければ成り立たない状況″でなければ有罪にはできない』と指摘。この判例が今回の裁判の証拠評価に大きな影響を与える可能性がある」 ’08年に起きた京都舞鶴女子高生殺害事件でも、証拠として提出された防犯カメラ画像は「解析の信用性が低い」と指摘されるなど、科学鑑定の限界がポイントとなっていた。田中被告の弁護団には、この舞鶴事件を担当した弁護士が加わっている。 さらに——。前出の関係者は言う。 「実は工藤会に近い別の男が捜査線上に浮上したことがあった。出世が早かった田中を良く思っていない人物で、その人物はすでに死亡しているといいます。真犯人がほかにいる可能性が捨てきれないのであれば、地裁の判断に小さくない影響を及ぼすはず」 そもそも田中被告と被害者に面識はなく、冒頭陳述では動機にも触れていない。 「裁判の争点は田中の犯人性です。仮に無罪になれば真犯人の謎が残り、逆に有罪であれば事件の絵図を描いた黒幕がいることになる」(同前) 判決は来年10月の予定だが、事件は迷宮入りの様相を呈している。 裁判では無罪を強く主張 怪奇事件の全貌は明らかになるのか—— 『FRIDAY』2025年12月19日・26日合併号より

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