米・イラン戦争をめぐる誤解【寄稿】

米国とイスラエルの奇襲先制攻撃で始まった今回の戦争は、イランが非対称戦略を活用して持久戦を展開し、次第に長期化する様相を見せている。この戦争の背景には複合的な要因がある。まず、米国のドナルド・トランプ大統領とイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相には、それぞれ国内の政治的危機を対外的な安全保障イシューに転換しようとする政治的な計算がある。米国がイスラエルを中心に新たな中東秩序を再編しようとしているという戦略的構想も取り沙汰されている。 米国のイラン攻撃は、国際エネルギー秩序とドル覇権、世界秩序の再編とも密接に結びついている点も強調したい。「ペトロダラー体制」とは、1970年代中盤以降に国際石油取引がドル建てで決定されるようになった構造を指し、基軸通貨としてのドルの地位を支える重要な要素だ。しかし2000年代に入りペトロダラーに対する挑戦が登場した。イラク、イラン、リビア、ベネズエラが代表的な国家だ。米国は2003年のイラク戦争でサダム・フセイン政権を崩壊させ、2011年にはリビアのカダフィ政権を倒し、今年初めにはベネズエラでニコラス・マドゥロ大統領の逮捕作戦を強行した。 今や最後に残された国がイランだ。今回の戦争は中東の親米アラブ産油国にも戦略的な影響を与える可能性があり、これは結果的に中国のエネルギーへのアクセスと中東内での影響力拡大をけん制する効果につながりうる。こうした点で、今回の戦争は地域紛争を超え、国際権力構造の変化とも結びつく。特に1991年の湾岸戦争以降に形成された米国中心の国際秩序が、中国、ロシア、インド、日本などの主要大国が競合するいわゆる「コア5(C5)」構造の中で再調整される過程において、米国の覇権的地位が再び強化される契機として作用しうる。今後の国際秩序の方向性を測る歴史的転換点となる潜在性を持つといえる。 しかし米国の戦略的構想が実現するかは未知数だ。米国とイスラエルは、イランが1979年のイスラム共和国樹立以来最大の危機に直面していると判断し、これを戦略的機会として利用し、政権交代を試みているようにみえる。だが、イランの歴史は、数多くの外勢の侵入と支配の中でも根強い抵抗と闘争を通じて国家的アイデンティティを維持してきた過程であった。イランの歴史において、ペルシャ人王朝が支配した時期はアケメネス朝(紀元前550~330年)とササン朝(224~651年)、そしてパフラヴィー朝(1925~1979年)のみで、その他の時期には多様な民族的背景を持つ集団が権力を掌握してきた。にもかかわらず、これらの政権はいずれも「イラン」という政治・文化的アイデンティティの枠組みの中で統治してきた。したがって、現体制に不満を持つイラン人であっても、国家主権と安全保障が脅かされる状況では結束する可能性が高い。米国が仕掛けた戦争の目標がイランにおける親米政権の樹立にあるならば、その実現は決してたやすくはない。一方、イランと敵対的緊張を一定水準で維持する「敵対的共生」関係が目的ならば、比較的現実的な戦略となりうる。 もう一つの誤解は、米国とイスラエルの攻撃で死亡した最高指導者アリ・ハメネイの息子モジタバが3代目の最高指導者に選出されたことをめぐる解釈だ。モジタバが指導者になったことで、イランが妥協なき超強硬路線へ進むと解釈する人が多いが、複合的な意味を併せて見る必要がある。平時であればモジタバの選出に多くの疑問が呈されるだろうが、米国のハメネイ暗殺によって彼は抵抗と殉教の象徴的なストーリーと結びついた。そのため彼は、この戦争の休戦を宣言できる政治的な正当性を持つ唯一の適任者だ。もしモジタバが休戦に同意する意思を示せば、イラン国内の強硬派もこれを受け入れざるを得ないだろう。その点で、モジタバは戦争の「出口戦略」において大きな意味を持つ。 戦争のさなかでも折れないイラン人の心も伝えたい。わが学科は毎年3月21日、イランの新年であり春の祭りであるノウルーズ(Nowruz)の文化祭を開催してきたが、今年は戦争を考慮して中止を検討した。ところが、イラン出身の教授が強く反対した。イラン人はどんなに困難な時期でも一緒に集い、春の訪れを祝い、命と再生、友情と連帯の価値を再確認するのだと言う。戦火の砲煙の中でも春を祝おうとする人々のように、イランの時間はときに私たちとは異なる速度で流れるが、決して止まることはないだろう。 ユ・ダルスン | 韓国外国語大学ペルシャ語・イラン学科教授 (お問い合わせ [email protected])

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